実戦訓練

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 ウェスリーからは砂埃と煙でトロルのぼやけた輪郭くらいしか見えないが、彼等は魔法強化されたサーベルで切り掛かって行った。  攻撃魔法である程度損傷を与えられていれば、近接攻撃もし易い、とは訓練で叩き込まれたことだ。ウェスリーは自分にも防御魔法を掛けつつ、果敢に飛び込んで行った前衛の彼等を見つめて少し離れた位置に立っている。補助を担当する兵は状況を見ながら距離を取って動けと教わっている。  このまま終わってくれないか。  先程から痛いくらい心臓が打っている。実戦訓練では殆ど戦死者は出ないと教官に言われたが、殆どなんて言い方、何の安心材料にもならないじゃないか、とウェスリーは逆に不安を煽られたのだ。  次第に煙が風に散って、トロルと前衛の二人の姿が露わになる。と思うと、ウェスリーの見ている前で、一人がトロルの拳に殴り飛ばされて地面を転がって行った。 「フィリプ訓練兵!」  誰かが叫ぶのが聞こえる。 「詠唱止めるな!」  叫んだのは後衛のどちらかだったのだろう、班長の叱責が響く。  弾き飛ばされた彼は随分な距離を転げた後、妙な体勢で蹲ったまま動かないでいる。ウェスリーは息を詰まらせてそれを見ているが、どう動けばいいのか分からない。回復を、と頭の隅で誰かが言う。だが班長の怒声がそれを遮った。 「ウェスリー訓練兵! 魔物から目を離すな!」  はっとして視線を戻すと、トロルが唸り声を上げながら向かってくる姿が目に入る。くすんだ灰色の肌は今は無残に焼け焦げ、至る所に赤い肉が露出している。汚れた歯を剥き出しにした口からはぞっとするような粘液が垂れ、糸を引いて滴っていた。  背中に粟立つような感覚を覚えてウェスリーは反射的に横に跳んだ。いつの間にか目前まで来ていたトロルの拳が獲物を捕らえられずに空を切る。  柔になった地面に足を取られ、ウェスリーは自身も地面を転がることになった。泥土が身体と言わず顔と言わず塗れて、生臭い土の匂いが鼻を衝く。 「Flame Arrow!」  誰かが魔法を放った。だが炎の矢はウェスリーを追って身体の向きを変えたトロルには命中せずに飛び過ぎて行った。  地面に両手を突いて起き上がろうとするウェスリーだが、ぬたぬたと滑る上に腕が震えて上手く踏ん張れない。体の近くで地面が揺れる。思わず背後を見上げた。  トロルの鈍く獰猛な顔が逆光の中ぼんやり見える。そして岩のような握り拳が振り下ろされる。 「Mirage Shell」  声が聞こえたのと、ウェスリーの頭上すぐの位置で衝撃音が響いたのは同時であった。直後にごああとトロルの苦悶の声が鼓膜を震わせる。不可視の障壁を思い切り殴ったため、トロルは手を庇うようにして身を捩らせている。障壁魔法がトロルの拳からウェスリーを守ってくれたのだ。  今のは班長が。 「魔法攻撃待て! ウェスリー訓練兵を巻き込むぞ!」  離れた所から聞こえる班長の声がやや焦りを孕んでいる。  息を切らせて仰向けのまま、回らない頭で周囲の状況を確認しようと首を巡らせる。トロルは再び拳を障壁にぶつけ始める。障壁が損傷を受ける軋んだような音がする。  ふと上空を何か光るものが横切った。  次の瞬間、ウェスリーの前に立ちはだかっていたトロルの首が刎ね飛んでいる。  吹き上げる血が障壁にびたびたと降りかかる。ウェスリーは目を見開く。見開いた目に映ったのは、飛び去って行く箒とそれを駆る人。光って見えたのは、彼が手にした刀だ。  その優美にも見える刃の曲線が網膜に焼き付くかのように感じたウェスリーは、覚えず目を閉じた。
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