不穏な忠告

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 老女中の懸念は外れ、幸いにもウェスリーは何処かに連れて行かれることなく成長した。  彼女はその後定年を迎え退職していったが、結局魔法術を学ぶウェスリーに良い顔をすることは無かった。魔法省役人の家に勤めておいて何だ、と今となってはウェスリーは思う。  読書好きで勤勉なウェスリーは、中等学校を一年飛び級で卒業し、十四歳の春に、高等教育機関である国内唯一の帝立魔法大学校に進学した。 「それで、何で西部第七師団なんだよ」  訓練で付いた立襟シャツの泥汚れを洗濯所で洗い流していると、水道管を挟んで向かいの洗濯台から声を掛けられる。  同じように洗い物をしているニコライである。彼は今真剣な表情でシャツの袖口を洗濯刷毛で擦り洗いしている。  ウェスリーは汚れ部分に石鹸を塗り付けつつ返す。 「…理由なんて無いよ」 「理由も無くこんな西部の端まで来ないだろうよ。俺達みたいに西部出身ってならまだしも、お前中央出身じゃないか」  忌々し気に言われたその言葉に対して何と返答したものかウェスリーが考えていると、ニコライが呻き声を上げる。 「くそっ落ちやしないぞこんなの」  覗き込んで見ると袖汚れに苦戦しているようだ。ウェスリーは洗濯台を回り込んで彼の横に歩いて行くと、手にしていた洗濯用石鹸をニコライの前に置く。 「直接擦り付けた方が落としやすい。刷毛は叩き込むように」  ニコライはちらりとウェスリーを見返すと石鹸を受け取る。 「中央省庁か、同じ軍でも中央司令部でいくらでも雇用先あったろうに…」  ぼやくように言いながら石鹸を塗り付け始めたニコライを見て、ウェスリーはまた自分の場所に戻って今度は刷毛を手に取った。黒ずんだ泥の粒子が入り込んでいる布地を叩くように洗う。 「三流大の俺達からしたら嫌味だし、かと言って士官学校卒でもないし、中途半端だよお前は」  何やらまだウェスリーを非難するようなことを言い続けているニコライをよそに、ウェスリーは汚れ落としに没頭していた。布の目を意識して小刻みに刷毛を叩き込んでいくと、泡立ちの悪い石鹸の溶け込んだ水が濁った灰色になっていく。頃合いを見て蛇口を捻り、流水でシャツを濯ぐ。どうだ、真っ白になった。  満足してしかし真顔でぎゅむぎゅむとシャツを絞っていると、ニコライが水道管の上から顔を覗かせる。 「おい、俺のも綺麗になった」  ウェスリーは無表情のまま返答する。 「良かった」  洗濯所には他にも幾人か訓練兵が洗い物をしているが、皆互いにくだらない話をして笑い合っている。結局、訓練学校在籍中ウェスリーには談笑なんて無縁だった。  一通り水気を絞り取って小さく硬くなったシャツの塊を手にし、ウェスリーは物干場へ移動しようとその場を離れた。  自分でも未だに何故ここにいるのかなんて分かってはいない。分かっていないと言うより、納得していないのだ。
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