思い出の香り

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思い出の香り

 聞こえない人の声。聴こえるのは虫の声や風の音。カサカサと風に靡かれ、ユラユラと揺れる草花。肌を刺すような寒さに、静まり返ったこの場所は亡き人が眠る墓地。  上品な線香臭さに混ざるような甘い香り。それは、細い煙を出しながら手を差しのべるように空高く上がる。まるで月に「助けて」と叫ぶかのように……。  すると、風が吹いていないのにフワッと煙が乱れた。  誰かが悪戯でもしたか。  いや、誰もいない。  居るのは『亡き人』のみ。  煙がフワッとまた途切れた。一本線のような綺麗な煙。それを切り裂くような3つの穴。人差し指・中指・薬指……と手を使って香りを嗅いだような――。そう言えば、死者は『匂い』を食べると言われている。もしかしたら、久々の『食事』の嬉しさのあまり手を出したのかもしれない。  月が顔を出す数時間前。  墓地に足音が響いた。 「お姉ちゃん、あまり来れなくてごめんね。お姉ちゃんが好きな鳥のお菓子と大好きなゲームのぬいぐるみ持ってきたよ」  それは、外から見たら仲がいいと思われていたが、本当は仲の悪い妹の声。暴言や喧嘩と嫌な思い出が多いが、泣いているのか声が震えていた。  日が出ていたこともあり、風がほんのり暖かくフワッと菊のいい香り。しかし、苦手なことを知っていたのか、名前の知らないカジュアルな花の香りもした。上品で甘いのはなんだろう。 「姉妹仲悪くて酷いこと言われたりしたけど……。ピンチの時に助けてくれたとき嬉しかった。素直に『ごめん』って言えなくてごめんね。でも、大好きだよ」  芝台に私の好きなものが置かれている。無我夢中で集めたゲームのぬいぐるみ。死んでいたとしても自分の部屋の懐かしい臭いがする。また少し袋を開け、こんがり焼けたクッキーの思い出の――。  茎のない、真っ赤な放射状の真っ赤な彼岸花に囲まれ。ぼんやり輝く月を見ながら――。妹の思い出に浸ろうと、泣きながら線香の煙に手を伸ばした。  ――こちらこそ、大好きだよ――と。  来たとき伝えられなかった、思いを伝えるように。
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