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第四話 砂漠の旅路
『神託――個体名:グレゴリオ・ロイズ。種族:サンドワーム。固有技能:アロー・バッシュ。ツイスト・バインド獲得。種族特性:砂泳ぎ。炎熱耐性。乾燥耐性。体殻成長。筋力増加(小)。耐久増加(小)獲得。体殻、小殻体。存在位階|:4に上昇。……越えよ、栄えよ、地に吠えよ』
『生命』の女神様の神託が頭の中に響くのを聞きながら、俺は夜空の星を眺めていた。
大砂海の空気は澄んでいて、星図を刻む星々がよく見える。
星の海と、砂の海。上下を二つの海に挟まれて、ここはさながら大海原だ。
「これからどうするかなぁ」
存在位階|は4になり、体の動かし方も慣れた。
乾燥耐性のお陰で喉は乾かず、腹も減っていないので、いよいよ考える余裕ができてしまった。
最終目標は元の体を取り戻すこと。
そしてそのために、今の体に憑依してしまった原因を探ること。
それは変わらないが、では次に何をするかという問題がある。
最後の記憶を辿ってみようにも、霞がかかったように憑依前のここ数週間の出来事は曖昧だった。
何しろ魂を抜き出して別の体に入れるのだから、記憶の一つ二つは飛ぶらしい。
絵物語の中でも、そんなような描写があったはずだ。
では首都に戻って仲間に助けを求めようか。
それも悪くはないのだが、いかんせんこの体ではまともな交通手段は使えない。
幼体とはいえモンスターなのだから、道中で必ず誰かに討伐されるのがオチだろう。
逆に大砂海に残って、どうにかして仲間に俺の存在を伝えるという手もある。
運良く喋れはするのだから、誰かに頼って手紙の一つでも出してもらうのだ。
これも悪くはないアイデアだ。人語を話すサンドワームを受け入れてくれる人間がいるのなら、だが。
「八方塞がり、って感じだよなー」
ハァー、とあの少女がそうしていたように俺も大きなため息をこぼす。
らしくないとは思うのだが、実際八方塞がりなのだからしょうがない。
最終目的である元の体に戻るための手がかりも、足がかりもまったく無いのが現状なのだ。
「いっそこうなったら……」
やけっぱちのような気分で一つの案を思いつき、しかし意外といい手かもしれないと思い直す。
このままこうして砂漠で狩りをして、存在上昇の頂点を目指すのもアリと言えばアリかもしれない。とはいえ、まだそこまでキッパリと元の人生を諦める気にはなれなかった。
「そうだな。うん、らしくもなく悩み続けるよりはまだマシだ!」
俺は一つの決意をして、それから英気を養うためにさっさと眠ることにした。
岩陰で冷たい砂のベッドに埋まって眠るのは、思いの外かなり快適なようだった。
翌朝。
今日もよく晴れた快晴の日差しの中、俺は砂の中から頭を出した。
「よっし、よく寝た! 行動再開だ!」
ふるふると頭を振って砂を払い落とし、岩陰からそっと一団の様子を窺う。
どうやらあの一団はちょうど朝食と出立の準備を終え、岩窟を出ようとしている所のようだった。
岩窟の周囲には、砂海ラクダが何十頭も荷物を背負って佇んでいる。
昨晩は姿を見かけなかったので、岩窟の裏手にでも繋がれていたのだろう。
整備された街道では長旅と言えば幌馬車だが、砂海では車輪が沈むからか車を引くことはないようだ。
「って言っても、一緒について行くだけだけど」
昨日の夜に決意したこと、それは少女の一団に同行するということだった。
向こうの同意は得られていないので離れた場所を泳いでついて行くだけだが、まぁ同じことである。
では何故、一団にわざわざ同行することにしたのか。
言ってしまえば、それは少女のことが気になったからだ。
あの後こっそり様子を見に行ったところ、少女の部屋には護衛がついたようだった。
まぁ最初は奥の部屋だからと安心していたんだろうが、シャドウ・スコーピオンの死骸が見つかれば警護しないわけにはいかないのだろう。
サンドワームの幼体が黒死の蠍を絞め殺したなんて話を信じるかどうかはともかくとして。
しかしそれでも、何故か俺はあの『大砂海の巫女』のことが忘れられなかった。
思いつめた顔で不穏な独り言を漏らし、その上自室にシャドウ・スコーピオンが出るという運の悪さが。
なんとなく、いつだか首都で困り事に手を貸してやった新米冒険者のことを思い出すからかもしれない。もっともそいつは結局恩を感じてうちのパーティーに押しかけて来た挙句、うちのエースにまで登り詰めてしまうほどの努力家だったのだが。
なにはともあれ、ついて行くと決めたからには迷うのは終わりだ。
一団が砂海ラクダの鞍に乗り込み始めたのを確認して、俺も青空の下で砂に潜っていった。
大砂海に道はない。逆に一度はぐれてしまえば、合流するのはかなり難しい。
なので自然と、後ろをついていくというより横を並走する形になった。
隊列が縦に続いているので、横から眺めた方がよっぽど見失いにくいのだ。
少女も途中で見つけたが、どうやら移動中には他と同じ肌を覆う服を着ているようだった。
まぁ当たり前といえば当たり前の話である。
露出は減ったが、隙間から覗く顔はやはり綺麗で、むしろ際立っているようですらあった。
……いや、ここまできて女目当てでついて行ってるとかそういうのじゃない。
モンスターストーカーとかじゃないぞ、違うぞ。
そしていつしか日も沈み、その日の行程は何事もなく終了した。
正確には何度かモンスターが現れるといった事態にはなったのだが、その度に一団の中の護衛とおぼしき連中が前に出て、特に苦戦することもなく排除していった。
一番強い奴で、位階25ほどはあるだろう。あの中の何人かは、首都に出ても冒険者としてやっていけそうだ。
人間の体でなら、ちょっと手合せしてみたかった。
今はアッサリと切り刻まれて剥製にされる未来しか見えない。無念。
まぁ何はともあれ、今日も無事に一団が旅を終えたのは良いことだ。
それに夜には楽しみにしていることもあった。
言うまでもなく、少女の舞踊である。
儀式で奏でられる音楽や祭祀用の歌は、首都では聴かない独特な味わいがあって聴くだけでも楽しい。
何より荘厳な空気の中で舞い踊る少女の精霊に似た優美さは、いくら眺めても飽きることがなかった。
「七夜の舞いは、あと二夜。砂海の主に相応しき聖舞を捧げ給え、『大砂海の巫女』よ」
「……砂海と天陽、夜の星々に誓って」
昨夜とほぼ同じ、数だけが減った言葉で儀式が結ばれ、三々五々と一団の人々が散っていく。
ふぅ、とこちらも岩陰で余韻に浸っていると、ふと声が聞こえた。
「アイシャ様、どちらに?」
「ちょっと、涼んできます。……大丈夫、蠍には気を付けますから」
どうやら巫女の少女が席を立って、護衛の女性が呼び止めたところらしい。
確かに昨日の今日なので、一人で動くのは不用心ともとれるだろう。
「そうですか……死毒の先薬はお飲みになられましたか?」
「はい、少し前に」
「それでは近くに待機しておりますので、何かあればすぐにお呼びを」
こくん、と少女が頷いて、護衛から少し離れた岩場まで歩いていった。
そういえば、あの娘の名前は初めて聞いたな。
アイシャっていうのか、良い名前だ。
そんなことを考えながら、アイシャが歩き去っていった場所にまでサラサラと泳いでいく。
小さな体はほとんど物音を立てずに動けるのが、ちょっとした利点だ。
今日の幕営地は岩窟ではなく、大きめの岩陰の周りに天幕を張る形だった。
護衛の女性があえて制止しなかったのは、どこに居てもそう危険度が変わらないからでもあるのだろう。
死毒の先薬は前もって飲んでおくことで、ある程度蠍の毒を緩和できる薬だ。
先薬を服薬しておけば、多少蠍に刺されても治癒術を使えばすぐに毒を消すことができるという。
言われた通り、アイシャはそれほど遠くにまで歩いて行くつもりはないようだった。
声が届かない範囲――独り言を呟ける場所であれば、それでよかったのかもしれない。
「あと二日、か」
少女、アイシャが物悲しげに呟く様子も、昨夜とほとんど変わりがない。
一度はあの驚いた表情を見せてくれたが、やはりそう簡単に払拭できるような悩みではないらしい。
だから俺は、密かに抱いていたもう一つの決意を実行することにした。
「――あと二日の間も、そうやって独り言を言ってるつもりなのか?」
「……えっ?」
岩陰に姿を隠したまま。
俺はアイシャに、当たり前のように声を掛けた。
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