彼からの手紙

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「とても良いお天気ですね」 澄み渡る青空が広がる下、両の手に菊束を持ち、笑顔を浮かべながら柔らかな口調で話した。 視線の先には……ただ一つの墓石。 その墓石に菊を添えて、線香を上げてから両の手を合わせる。 独特な線香の匂いが鼻をくすぐる中、空を仰ぎ見て、くすりと笑う。 「……貴方様が大嫌いだと言った青空」 そう言って一歩後ろに下がり、黒色の生地に彼岸の花を咲かせた、身にまとっている着物を見下ろした。 「これじゃ喪服ね」 苦い表情を浮かばせながら、着物に付着していた菊の花弁を優しく摘み、息を吹き掛ける。すれば、ひらひらと――。 ひらひらと青空を舞った。 まるで、自由に空を飛ぶ鳥のように。 菊を添えたときの様に、懐に仕舞っていた桜模様の封筒を取り出して墓石に添える。 風に飛ばされてしまわぬよう、近くにあった、小さくてそれなりに重たい石を上に置く。 「浩一郎様。これが……私から貴方様への最後の手紙になります」 涙混じりの声で、目を伏せて話した。 墓石にて眠る人に想いを寄せ、その『死』と呼ばれるものに哀しみを抱きながら――もう一度。目を瞑り、自身の両の手を合わせた。 「浩一郎様の事を忘れた事は一時もございません。貴方様の事を心から慕っております。ですが、それ故、この憂いが晴れる事もないのです。だから――手紙を書くのを辞めます。貴方様の事を想って、日々手紙を書いて参りました。どこか別の場所にいるであろう、貴方様に届くよう……。ですが、このままでは前に進めません。きっと、このままじゃ駄目だと私は思うのです。だからどうか……。貴方様から離れ()く私をお許しください」 頬に涙が伝い、今にも声を荒らげて泣き出してしまうのを堪えるよう、ただ静かに、懺悔をするようにして墓石にへ頭を下げ続けた。そのときの声は酷く震えていて、哀しみに溺れてしまっていた。
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