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――遺品の整理。それはとても寂しい行為。
もうこの世にはいない人の物。
沢山のふたりの思い出が詰まった物。その中には、送った手紙もたくさん残されている――……。
「浩一郎様……」
何度も名前を呼ぶ。
けれど想いを寄せた浩一郎の声が……聴こえることはない。それを思うと自然、目頭が熱を帯びる。
手紙は書かない。そうすることで前を向けると思った。それを告げることで、ひとつ大人になるように、成長することができると思った。それなのに――それなのに現実はややこしい。
遺品整理を後回しにしてきた罰を受けるみたいに、思い出ばかりの物を目にすれば、前を向くと決めたのに。前進すると決めたのに――後ろばかり振り返ってしまう。
「君は確か、本を読むのが好きだったろう? 百貨店で一番人気だと噂の本を君に買ってきたんだ。それと君に似合うと思って、袴も買ってきてしまった。どうだい……?」
「……まぁ」
不意に訪れた声。それは浩一郎の声ではない。
透き通るような声の持ち主である男性は、気遣うように穏やかな笑顔を浮かべている。
けれどもその微笑みに混じるように、物憂いげな雰囲気を纏わせ、どことなく不安気。女性はその笑みに罪悪感を感じながらも安心させるよう、笑顔を見せる。
「お気遣いありがとうございます、秀一さん。今日はまた随分とハイカラですね」
彼の名は夏目 秀一。
この頃、海外との交流が増えた日の本では洋風文化が普及し始め、レストランや百貨店以外にも洋装が流行り始めていた。秀一が今日手にして来た袴もまた、洋装ではないものの、最近流行りのもの。
薄い黄色の生地に椿の花を咲かせ、なんとも可愛らしい。袴丈が海老色なのも椿の花には良く合う。
彼は――秀一は浩一郎との付き合いも長く、良い友人だと以前話された。浩一郎からも秀一の話は時折、耳にした。
秀一には浩一郎と恋仲だというのを認識されており、それでからかわれていたのを覚えている。
けれど浩一郎が亡くなって、嫁ぎ先を失くした私の元に『お見合い』という縁談が持ち込まれた。それを断り続けていたのだけど、つい先日、その話を承諾した。
「でも……君はもうこの本を持っているかもしれないね」
「どうして……ですか?」
秀一は苦笑いを浮かべる――が、すぐに優しい笑顔をして、本を手渡した。
手渡された本にへと女性が視線を落とせば、瞳は大きく見開かれることとなった。
「浩一郎君の本だ」
そう……。
秀一が述べたように、手渡された本は浩一郎が書いた本であった。
浩一郎は物書きを生業とし、自室に篭っては物書きに励み、沢山の本を出版していた。その浩一郎が書き上げた――最期の本。
「愛する人との別れ」
それは表紙を飾る、とても大きな字。
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