生きたい

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 午後に病院を出た。滑りのいい廊下しか歩いていなかったので、久しぶりにアスファルトの上を歩いて躓きそうだ。秋晴れの空が清々しくてマンションでなく公園に向かった。  7~8分歩いただけで身体がだるくて公園のベンチ倒れ込むように座った。 「こんなんじゃ仕事に復帰できないよな」 病院の外で生きていけなくなるのではと恐怖に覆われた。世間の身寄りがない人々は不治の病に罹った時は最期をどう迎えているのだろうと知りたくなった。病院で死んでもこのまま公園のベンチで死んでも、どちらも孤独死だと思った。  目の前を手押し車の老婆が通り過ぎた。 90歳くらいだろうか、あんなに高齢なら死ぬのも怖くないのかなと思って見ていた。1時間座っていたが体のだるさが変わらないことで、マンションに戻るのは諦めて、ついでに生きることも諦めようかと考え始めた時、またあの老婆が目の前を通った。 「これで5回目だよな。あの婆さん宮田さんじゃない?」 職場である薬局に来ている患者の宮田美智子だと思い出した。認知症が始まっていて、3か月ほど前から薬を処方箋通りに飲めないのと、身体の不調は薬が合わないからだと苦情を毎回言うので、相手にするのが苦手な患者だった。 「宮田さん」 6回目に目の前を通ったので声をかけた。帰り道がわからなくなっているかもしれないと思ったのだ。苦手な人だとわかっていて声をかけるほど、私は顔見知りと話がしたかったのだ。 「なんで私を知ってるの?」 「さくら薬局の薬剤師だから。宮田さん薬を取りにくるでしょ?」 「ああ、あそこの人」 宮田さんはすぐに私の隣に腰かけた。 「ここを6回も通ってたけど何してたの?」 「今初めて通ったよ」 今のことを忘れる宮田さんは毎回初めてなのだろう。 「帰り道わからないの?」 「わかるよ。疲れたからここに座ってただけ」 そして私より先に座っていたかのように言う。 「ここに、いつから座ってたの?」 「ちょっと前から」 「ちょっとって30分くらい?」 「それくらい」 宮田さんは今座ったばかりであることは忘れて話を合わせようとする。思っているより認知症が進行していると思った。  日が暮れかかっても宮田さんは帰ろうとせず、小さなカバンの中から、ボロボロになったチラシやメモ紙を出したりしまったりを繰り返している。 「宮田さんの家の前を通るから、一緒に帰りますか?」 宮田さんの家はこの公園から歩いて5分くらいのところで、迷子になると予想されるのに置いて帰れなかった。
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