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私と宮田さんの歩調は同じくらいだった。
けれど宮田さんの家に到着した時は、私は息切れして休憩を挟まないと病院まですぐには帰れないと思った。
「宮田さん、悪いけど少し玄関で休んでいい?」
「中で座っていきなさい」
「ありがとうございます」
靴を脱いで上がりはしたが、何ヶ月か掃除をしていないと思われる部屋の埃と、生ゴミやカビの臭いに奥へ進むのを躊躇した。薄暗い部屋の中で宮田さんは天井の照明を点けようとしているが、蛍光灯も常夜灯も点かなかった。玄関のブレーカーが落ちていないか見に行くと足元に電気料金の督促状が落ちていた。
「停電だね」
宮田さんは慣れたふうに懐中電灯を点けて、市販の蒸しパンの袋を開けて食べ始めた。
私は宮田さんが座っている居間につながる、板張りの廊下に座った。一間半の掃き出し窓があって縁側の作りだ。
「懐中電灯の生活に慣れてるみたいですね」
「暗くなったら寝ればいいからね。気楽でいいよ。あんたも食べなさい」
宮田さんは座卓の上の蒸しパンを私に差し出した。
「ありがとうございます。私は病院の食事を食べるのでお構いなく」
「病院のご飯て味気ないでしょ」
スーパーで売ってる同じ蒸しパンが7個も座卓の上にあった。賞味期限が過ぎたのもある。買ったことを忘れて買い物のたびに買うのだろう。壁に掛けてあるカレンダーは3月のままだ。
「宮田さん、今は3月かなって思う?」
宮田さんは懐中電灯を壁のカレンダーに向けた。
「3月だね」
宮田さんは、あるがままを生きると決めているかのように、何も動じない。
おそらくどこの誰かも忘れている私が部屋にいても家族のように座らせて、電気を止められても平然と懐中電灯を出してくる。消費期限を気にせず蒸しパンだけを食べて、カレンダーをめくらない限りは永遠に宮田さんは3月と信じている。宮田さんは疑わない病なのだ。
「宮田さんは最強ですね。何があっても平然としている。嫌なことを排除しないもの。」
「何も考えてないだけでしょ」
「私は考え過ぎて、少しでも嫌だなって思ったら追い出してしまうの。追い出し過ぎて、独りぼっちになって、身体の中の細胞までいなくなった。もう私には何もない。死ぬのを待つだけ」
「私も死ぬのを待つだけ。同じだね。用事はたった一つで気楽でいいね」
宮田さんはアハハと笑って、その場にゴロンと横になった。
「宮田さんは今日が10月だって聞いても驚かない?」
「何月でも同じ、食べて寝て、死ぬのを待つだけ」
今度は二人で笑った。
「夢も希望もないです」
「欲しけりゃつくればいいの。夢も希望も不幸も幸せも、自分でつくるもんでしょ」
「宮田さんの夢とか希望は何?」
「こうして誰かとおしゃべりしてるのがいいね。今日は貴女が来てくれたから嬉しいね」
そう言いながら宮田さんは眠ってしまった。
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