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瞬間、絶望のあまり、フォンティーナの顔から表情が消え失せ、虚ろな瞳からは大粒の涙が次々にこぼれ落ちた。先程までは子供のように無邪気に輝いていた青色の瞳は、もはや何も映してはいない。
ラファエルはその反応に驚き、きつく抱きしめていた腕から思わず力が抜けた。
すると、そのときを待っていたかのように、フォンティーナにあらん限りの力で突き飛ばされる。
地面に打ち付けられた痛みで呻きながらも彼女の方を見ると、泉の中に引きずり込まれていくフォンティーナの、助けを求めるように伸ばされた手だけが見えた。
カッと頭に血がのぼり、目の前で起こったことへの恐怖も打った身体の痛みも忘れ、ラファエルはすぐさま泉に走り寄る。
フォンティーナがいなくなる。彼にとって、それこそが耐え難い恐怖だった。
夢中で冷たい水の中に飛び込み、奥深くへと引きずられていく最愛の人を追いかける。
必ず助ける。その想いだけがラファエルを突き動かしていた。
気がつけば、ラファエルは泉から少し離れた場所に倒れていた。側には、フォンティーナも蹲っていて、荒い息を整えている。
助けたはいいが、寒さのあまり少しの間気を失っていたらしい。二人ともずぶ濡れで、少し風が吹いただけでもぞわりと嫌な感覚がした。
衣服を上のみ脱ぎ、水を絞って近くの木に掛けて乾かしておく。少しの間身体をこすり、体温を上げることに専念した。
そうしてから、優しくフォンティーナを抱きしめて、背中を擦ってやる。
ようやく息が正常になったところで、恥ずかしそうに顔を朱に染めて、フォンティーナが顔をあげた。
「もう、大丈夫よ。助けてくださってありがとう。」
「いや、君が無事で本当に良かった。ティーナがいなくなったら、僕は……」
そっと顎を上げ、触れるだけのキスをする。
「確かに言っては駄目だったのだろうけど、でも、今、君はこうして生きている。愛しているよ。ずっと僕のそばに居てくれないか。」
「……。ええ。喜んで。ワタシも、愛しているわ。」
もう一度キスを落とし、ラファエルは、沸き上がる幸福感に震えながら、愛しい恋人の華奢な身体を壊れそうなほどきつく抱き締めた。
円形に開けた広場。その真ん中には泉が湧いている。水面が揺らめいてたてた水音は、静かな夜の中で、まるで女の泣き声のように悲しげに響いた。
微睡む男の腕に抱かれながら、女は呟く。
「言ったでしょう。『あたし、死んでしまうの』って。」
空に浮かぶ満月が照らしたその瞳は、鈍く赤色に光っていた。
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