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アイリス
その男は「サコー」と名乗った。
アベルは薄暗いサコーの家で、硬いパンとスープの簡単なもてなしを受け、今はカンテラの灯りを頼りに手紙を書いている。
「朝までに書けばいいんだぞ」
サコーが低い声で笑った。手には味の薄いホットココアを持っている。片方はアベルのためのものだ。
話によると、アベルの手紙はここの住所に届けられていたそうだ。ここから、捕らえられているアイリスの元にペットの鳥が届けてくれると言う。
部屋の隅の大きな鳥かご。それには既に黒の布が掛けられていた。
この男を信じていいものかどうか。
分からなかったが、頼るしかない。
「アイリスを助け出した後、遠くの町で一緒に暮らそうと思ってるんだ」
アベルの呟きに、サコーは向かいに座って笑った。
「なぜそこまでする」
「……アイリスが、僕を必要としてくれるから」
「それは確かにそうだな」
サコーはココアをズズッと啜り上げた。彼のヒゲについてしまっている。
「お前が思ってるような、可愛い女じゃねえぞ」
「構わないさ」
アベルの答えにサコーはフン、と鼻で笑う。彼はアベルの袋のことは何も言わない。寝床を整えてくれて、自分用に床に薄い寝袋を放っていた。
「お金を貯めてきた」
緊張で胸が破裂しそうで、アベルはわざと言った。サコーがどう反応するだろうと不安でたまらなかったが、彼は「そうか」と口の端を片方だけ上げ、アベルから離れて寝袋に体を入れた。
「安心して、寝ろ」
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