おとぎの国へ

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おとぎの国へ

ある日ポストに入っていたのは、羊皮紙で出来た封筒に蜜蝋の封印がしてある古めかしい手紙だった。 興味本位でその封筒を開けると、 『ようこそシンデレラの世界へ!貴女はぶとう会へ招待されました。今夜7時におとぎの国へお連れします。衣装と靴は魔法使いが用意しますので、持ち物は招待状だけ。あなたも今宵シンデレラに!』 おそらく羽根ペンで書かれたであろう筆跡。筆跡と文章の内容が全くマッチしていない。架空請求や還付金詐欺の手紙並みに怪しい。 でも、シンデレラの世界憧れるなあ。ふんわり裾が広がったプリンセスラインのドレス、高価なジュエリーにガラスの靴、カボチャの馬車、お城の広間でダンス。 そして…イケメンで大金持ちで高貴な身分の王子様に見初められて玉の輿。異世界転生するならシンデレラって条件良過ぎ。剣振り回したり、魔法の杖片手に魔王と戦う必要もなさそうだし。 という訳で、仕事から帰った夜6時の私は、夜7時のお迎えを期待しつつ異世界への冒険の前の腹ごしらえをした。今日は豚肉が安かったからしょうが焼き。この世界で最後の晩餐が豚のしょうが焼きとサラダ、ワカメと豆腐の味噌汁とはなんとも安っぽい。それでも、シンデレラの世界に行ったらしょうが焼きなんて食べられないだろうし、ささっと夕飯を作って食べた。 そして、台所の棚に常備してあるカップ焼きそばと目が合ってしまった。カップ焼きそばもこれで最後かも…。シンデレラになったら舞踏会で踊らなきゃいけないことをすっかり忘れて、今生の別れになりそうなカップ焼きそばまでたいらげてしまった。ああ、美味しい。このソースの香りがたまらん。 ドレス入るよね…?後悔先に立たず、腹八分目どころか腹十二分目まで食べ過ぎたぷっくりしたお腹から目をそらして、壁掛け時計を見ると、ちょうど夜7時だった。 「いやあ呆れますね。これからぶとう会へ行くというのに最後の大食いとは。まあ、そのくらいの根性じゃないとお城のぶとう会じゃやっていけませんから、いいですけどね」 突然現れた魔法使いはお婆さんではなく、あどけない少女だった。私は咄嗟にスマホのカメラを起動して、 「うわー、可愛い。あなたの写真売れば儲かりそう。もうちょっとそのローブの胸元開けてくれない?」 魔法少女は杖で私の頭をスコンとひっぱたいて、 「同じ女なのに、ロリコン変態相手に商売しようなんて最低。シンデレラじゃなくて、義理の姉に変えてあげましょうか?ええ?」 「すみません、つい出来心で。シンデレラの魔法使いがこんな美少女とは意外過ぎて」 「まあ、ぶとう会の方で色々都合があって。お婆さんより萌える魔法少女になったの。詳しいことは向こうの世界で説明するわ。さあ、行くわよ、箒の後ろに乗って」 「え?箒の後ろに?カボチャの馬車は?」 「まだ馬車の登場シーンじゃないの。魔法使いと言えば箒で空を飛ぶのよ。モタモタしないで、ほら」 「ハイハイ。っていうかあなたの小さな体で私を箒の後ろに乗せて飛べるの?」 「私は天下無敵の魔法少女よ、舐めないで。全速力で行くわよー!」 「わっ待って、急に浮遊しないで怖い!」 「しっかりつかまってないと時空の狭間に落ちて死ぬわよ!」 「飛ぶ前に説明してよー!」 私は小学校高学年の子どものような背丈の魔法少女にしがみついて、箒による無茶苦茶なフライトを耐え忍んだ。 月に手が届きそうなほど夜空の高い所を飛び、世界がグニャグニャに歪んだような渦巻きの中をかいくぐって、魔法少女の箒は風を切って進み続けた。 そして…着いた先は、シンデレラの住む邸宅。ボロボロでつぎはぎだれけの洋服にいつの間にか着替えた私は、魔法少女から箒を手渡される。こちらの世界は昼間のようだ。 「ハイ、これで掃除してね。ぶとう会へ行くまでは義理の母と姉が鬼のようにいびってくるから、まあ頑張って」 「いやそれは分かってるけどさ…。空飛ぶ魔法の箒で床掃除は不味いんじゃない?」 「気にしないで。私にかかれば、どんな箒も空飛ぶ箒になるの。弘法は筆を選ばず。高等魔女は箒を選ばずだから」 「そっか。なら掃除もその強い魔力でパパッと代わりにやってもらえない?」 「厚かましいなー。シンデレラは苦労なくして語れない物語なの。魔力に頼らずしっかり掃除して。私はちょっと馬車用意してくるからサボらないでちゃんとやっててよね」 「はぁ。最初から魔法使いがいるから楽出来ると思ったのに、まあ仕方ないか」 私は慣れない箒での床掃除に取りかかった。魔法少女は邸宅の勝手口からスタスタと歩いて森の中に消えていってしまった。 入れ違いでやってきたのは義理の姉二人。年下の方の義理の姉が箒を持った私を見てため息をつく。 「ちょっとシンデレラ。まだ掃き掃除してるの?さっさとしないと日が暮れるわよ。掃き掃除の後は床がピカピカになるまで拭いて磨きなさい」 年上の方の義理の姉が追い討ちをかける。 「あんたみたいな汚ない小娘はぶとう会へ連れて行けないわ。もうお嬢様じゃなくてあんたは下女なのよ、下女」 ああ、なんて底意地の悪い。手に持った箒で義理の姉二人をひっぱたきたい衝動を抑えて、私は黙々と箒で掃除をする。すると、義理の母が姉二人を呼びにこちらへやってきた。 「二人ともこんな鼻つまみ者は放っておきなさい。早くぶとう会の支度をして。王子様に気に入ってもらえるように目一杯『装備』するのよ。」 義理の母は両手に絹のドレス…ではなく、甲冑、剣、弓を抱えて笑っていた。装備?舞踏会に行くのに武装するの?義理の姉二人は、 「そうよね、こんな子にかかわっていられないわ、今日は武闘会よ。『誰よりも強く、誰よりも志高く、誰よりもこの国を愛する者を妻に迎える』王子様のお言葉だもの。お妃さまになるには武闘会を勝ち上がらなきゃ」 「そうよ、そうよ。お姉さまといえども手加減はしないわ。もし武闘会でお姉さまと戦うことになっても私は本気でいきますから」 「あら、私だって妹でも容赦はしない。この国で一番強い娘が王子様の妻。妹だからといって手加減するような者は志が低いもの」 えっ?ちょっと待って。話がめちゃくちゃ変なんですけど?舞踏会じゃなくて武闘会?私は恐る恐る意地悪な義理の姉たちに質問する。 「ぶとう会ではダンスを踊るのではなく、戦うのですか?」 年上の方の姉が、 「あんた馬鹿じゃない。大昔じゃあるまいし、今はダンスに明け暮れるような軟弱で贅沢好きなお姫様は必要とされないの。いざというとき王子様の警護が出来る者が妻になるのよ。戦いなくして平和なしよ」 年下の方の姉も、 「シンデレラは見た目も汚いし頭も悪いのね。ぶとう会といったら『国家一武闘会』に決まってるじゃない。女の優勝者は王子の妃となり、男の優勝者は近衛兵の隊長へ一気に出世。身分、経歴、財産関係なく立身出世出来るこの国の一大イベントなのに」 義理の姉二人と母は支度を整えるために去っていった。 『国家一武闘会』、なんかどこかで似た名前を聞いたことがあるような…。ていうか、シンデレラの話と全然違うんですけど!?格闘するとか聞いてないし。 「おーい、魔法使い。どうなってんの、これ?舞踏会じゃなくて武闘会とか聞いてないんですけど?」 私は箒をガシガシ揺さぶりながらあの魔法少女に呼びかけた。どこで油売ってるのか知らないが、命懸けの戦いなんて冗談じゃない。元の世界に返してもらいたい。返事も気配もないので呼びかけ方を変えてみた。 「さっき箒で空飛んでるときスカートめくれてたよ。そのパンチラ写真さー、SNSで拡散していい?」 コンマ3秒で魔法少女が出窓から突入、箒に乗って現れた。 「懲りずに写真撮って!スマホ没収!この世界じゃネット使えないけどね!」 怒ると現れるのか、分かりやすい。 「舞踏会じゃなくて武闘会ってどういうこと?説明してくれる?」 私は魔法少女のとんがり帽子をねじり上げてキレ気味で問い詰める。 「簡単に説明しますと、ここはシンデレラのパロディの世界です。売れない素人小説家が書いた世界なんで設定がおかしいのです。脱出するには『国家一武闘会』で優勝してください。優勝者は王子様のお妃になれるだけではありません。なんと優勝賞品は7つのドラ猫ボールです。なんでも願いが1つ叶う不思議なアイテムなので元の世界に帰りたいなら帰れますよ。王子様のお妃より元の世界がいいなら。本当は冒険の旅に出てドラ猫ボールを1つ1つ集めなきゃいけないんですけど、『国家一武闘会』では特別に7つのドラ猫ボールが一気に貰えます!スゴいでしょ?」 「ドラ猫ボールってね…。シンデレラだけじゃなくて他のパロディも混ざってるでしょうよ。しかもスゴくない。命懸けで戦うなんて聞いてない!今すぐ元の世界に戻して!」 「あ、それは…無理です。箒に乗ってこちらの世界に来た時点でドラ猫ボールを全部集めるしか元の世界に帰る方法はありませんよ。説明しませんでしたっけ?」 「してないよ!なんで重要な説明省略するかな?」 「963人も案内してるとルーティンワークの慣れでうっかりミスをしてしまって、すみません。説明をはしょりすぎましたね」 「963人…。その963人はどうなったの?」 「今ののところ全員『国家一武闘会』の途中で敗退して死亡してますね」 魔法少女は満面の笑みで答える。 「死亡フラグ立ち過ぎでしょ!?あんた何してくれてんの?」 「大丈夫ですよ。初の生還者になるかもしれないですし」 「963人も死なせといてどの口が言うんじゃこりゃー!」 魔法少女のほっぺたを『タテタテヨコヨコ丸書いてチョン』と、思いっきりムニムニして引っ張ってやった。魔法少女は真っ赤に腫れたほっぺたをさすりながら、 「もう、そんなに怒らなくても…。今回は特別に魔法少女から秘密兵器をプレゼントするから鬼に金棒ですよ」 「秘密兵器って何よ?」 「魔法のコンパクト。テクマク…」 「それ以上言うなっつーの。パロディだらけの、とんだおとぎの国ね」 「早とちりはいけませんね、呪文はテクマクショタコンです」 「ショタコンなのかーい!」 「まったく怒りっぽいシンデレラですね。いいですか。この魔法のコンパクトを使って対戦相手をショタコンに変えて、王子様のような大人の男への興味を失わせます。対戦相手は戦意喪失し、ギブアップ。コンパクト1つであなたはトーナメントを勝ち抜いて優勝者になれます。ね、スゴいでしょ?」 「確かにスゴいけどさぁ、ショタコンになった対戦相手はどうなるの?そんな犯罪臭漂う秘密兵器使って大丈夫?」 「それは…そこまで考えてませんでした、テヘペロ」 「テヘペロじゃない!しかもテヘペロとか古い。その秘密兵器は使えないよ。もう消去法で普通に戦うしかないでしょうよ」 「意外と真面目なんですね。そんなあなたには神のご加護があるでしょう。さあ、これに乗ってお城へ行きましょう」 魔法少女が杖を振ると、邸宅の外に豪華な馬車…ではなく、和風の手押し車が現れた。 「ちゃーん、風車が欲しい。って違うだろ!なんで時代劇に出てくる手押し車なの?」 「私が押していってあげるから気にしないでください。」 「気にするわ!馬車はどうしたのよ?」 「実はその馬が…」 「馬に何かあったの?」 「武闘会を観戦する王族の方達がですね…その…」 「モジモジしないではっきり言ってよ」 「馬刺しが食べたいと我が儘を言って、馬達は全部…馬刺しになっちゃったんです」 「はぁ?王族って馬鹿なの?馬は騎馬隊にも使う重要な兵力でしょ。この国の王族はアホしかいない訳?私が武闘会で優勝してこの国の王族の根性叩き直してやる」 「ありがとうございます。この世界はパロディで出来た、へんてこな世界です。あなたのような救世主を私は待っていました」 「救世主ねぇ。仕方ないからこのオンボロの手押し車でお城へ行きましょ。あなたが乗りなよ。私が押してあげるから」 「魔力があるから大丈夫ですって、私が押しますよ」 「武闘会の前に軽くトレーニングしたいからいいよ。それに、大の大人が手押し車に乗るより、あなたのような女の子の方がまだ絵になると思うよ」 「それじゃあ、お言葉に甘えて」 魔法少女は手押し車にチョコンと座って、私は手押し車を押して、少女が案内する道を進んでお城へ向かった。
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