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woman 十三夜
カチと音がして電気ポットがお湯が沸いたことを告げる。まだ準備はできていないけれど、ちょうどいいと思った。陶器のコーヒードリッパーにペーパーフィルターをセットしてから、ハワイアンコナをコーヒースプーンに一杯と少し入れる。
大きめのマグカップに直接ドリッパーを置いた。
ポットのお湯を細くゆっくりと回しながらコナの上に注ぐと、あたりに甘く香ばしい香りが漂う。
私の時間が始まる。
いつも同じ速さで、ドリッパーいっぱいのお湯を注ぐと、マグカップにちょうどいい量のコーヒー。
ドリッパーのお湯が果実のような香りと甘さを含んだ苦味のハワイアンコナの魅力をマグカップに落とす間、その様子を見つめていた。
彼はネルドリップが美味しいと言ったけれど、繰り返し使うように清潔に保つ自信がないから、今もずっとペーパーフィルターを使っている。
小さなトレイの上にスマホを置いて、イヤフォンをセットした。ドリッパーのお湯が無くなり、お気に入りのマグカップ一杯のコーヒーが落ちたところで同じトレイに乗せる。そのままベランダに。
ベランダに置かれた木製のテーブルの上には、ノートPCが立ち上がってスタンバイOKになっている。
いつも同じ時間、いつも同じマグカップ。違うのはコーヒー豆の種類だけ。
ネルドリップを勧める彼は、いつも同じ味を楽しんでいるのかな?
香りは混ざらないのかな?味は?
月の姿と気分次第で違う味を楽しみたい私には、やっぱりペーパーフィルターが似合っていると思う。
十三夜の月がぽっかりと浮かぶ9月。隣の空き地ではコオロギの演奏会。彼らの声を少し聴いてから、イヤフォンを着けた。
きっともうすぐ。
そう思いながらスマホでニュースを開く。
今日、いやもう昨日起こった事ごとを読みながら、その時を待った。
この時間でも、まだ少しだけ日中の熱が残る季節。
一年の中でも過ごしやすい夜の中で、ブラックで飲むハワイアンコナの持つ甘さを味わいながら、その時を待っていた。
テーブルの上のノートPCの画面にはWordが開いている。マグカップを左手に持って、スマホを腿の上に置き、片手でいくつかキーボードを叩いた。続きを打ちたがる指先をなだめながら、その瞬間を待つ。
来た!
『Tさんが投稿しました』
SNSからのお知らせがバイブに乗って腿から伝わる。テーブルの上にスマホを置いてアイコンをタップ。
彼がシェアしたリンクを開く。
今夜はスウェーデンズ ポップ。うん、イメージ通り。
十三夜の月光が切なげな音色に溶けて指先に届いた。
マグカップを置いて、カタカタという音を抑えながらキーボードを叩く。
深夜2時、切なく甘いラブストーリーの始まり。
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