man 十三夜

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man 十三夜

「君が淹れるコーヒーは美味い」ーそう言ったのは古くからの友人達。 ネルドリップで淹れると、まろやかさと深みが増すと思う。 今夜はモカマタリ9を手挽きのミルで挽いた。最初の豆がガリと音を立てた瞬間に香る。さすがNO9。 彼女もコーヒーが好きだ。毎晩コーヒーを飲みながら過ごしている。 「夜は早く寝ましょう、お肌に悪いですよ」 最初の頃、ほんの数回交わしたメッセージのやりとりの中で、そんなことを言った。 僕が仕事をする時間、彼女は好きなことをしている。 物語を紡ぐこと。 彼女のそれは仕事ではなかった。ストレスの発散らしい。 確か書く仕事をしている。書くことのストレスを書くことで晴らす。 普通の人が聞いたら、不思議かもしれない。でも僕にはわかる気がする。 より良い音を作るために、自分の音楽を創るために、懐かしい曲や珍しい音を聴く。そしてもちろん好きな音楽を。 僕の場合は、この時間も仕事をしている。その間の休憩タイム。 自分のために丁寧にコーヒーを淹れて、自分のために気分にあった好きな曲を聴く。 日本のこの時間も、海外の友人達にとっては正常な活動タイム。そんな彼らに届けるつもりで、SNSにあげる今夜のお気に入り曲。 少し前からその投稿にいち早く反応がくるようになった、日本国内から。 ちょっとしたジョークのつもりで送った返信に、返信が来たのは最初の頃。なぜ彼女がそんな時間に活動をしているのかも、その頃に知った。 もちろん、こんな時間に起きている日本人はいくらでもいる。 でもそれが僕のフォロワーで、僕の音楽のファンという確率はどうだろう? SNSがもたらした事象のひとつ。 おそらく今、彼女も同じ音楽を聴きながら、コーヒーを飲んで同じ月を見ている。 カタカタとキーボードを打っているのかもしれない。 それは面白いことなんじゃないかな。会ったこともない人間同士が、偶然ではなく同じ音楽を聴きながら、同じ月を見ている。 SNSがこれほど普及した今だからできることだ。 例えば遠距離恋愛の恋人たちならばどうだろう。今、離れた場所で見ている物を共有することもできる。でもまあ恋人同士なら電話をするか。 浮かぶ十三夜の月。 こんな便利な時代の前から、同じ月を見ることで離れた恋人達はほんの少し満たされたのだろう。 お互いの地が晴れた夜であれば、日本中どこにいても同じ光を共有できる。 庭のジャスミン越しに写した夜空をすぐに投稿する。 すぐに彼女の反応。 「早く寝なさい」 独り言を呟いて笑った。 午前3時 〈fin〉
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