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第1章
二人が付き合いだして一ヶ月が過ぎたある日、事件は起こってしまった。
それはほんの些細な出来事がきっかけとなる。
二人は都内の水族館でデートをしていた。
ペンギンコーナーで、ペンギンの群れの中にうとうとしているペンギンを見つけた沙葉は、
「あのペンギン、可愛いよ。今にも寝そう」
そう言って坂井の肩を叩こうとした。
その時、
「ヤバ、あのペンギン、めっちゃ可愛いやん」
「ほんまや。めっちゃ可愛い」
女子二人組の楽しそうな関西弁が聞こえてきた。
坂井は即座に声のした方を振り返った。
何を隠そう坂井は関西弁オタクだった。
オタクといってもガチガチではなく、ゆる~く軽いオタクの部類だったが、生で聞く関西弁は都内では貴重だ。
その瞬間を見逃す程、ゆる~いオタクではなかった。
「知典、なに見てるの?」
「え?」
「知り合い?」
「いや」
「じゃ、あの子達にみとれてたとか?」
沙葉は目を伏せてその場合を離れようとした。
「違うよ」
慌てて坂井は沙葉を追いかけた。
いつもなら幼馴染みで親友の佐野航太がなにかしらフォローしてくれて、今までの難関を突破してきたが、今日、自分でなんとかするしかなかった。
坂井は沙葉の腕を掴んで、
「待てよ、誤解だよ」
と引き留めた。
沙葉は振り返って、
「なにが誤解なの?じゃ、きちんと説明してよ」
そう言うと、坂井の手を振り払った。
「みとれるとかじゃなくて……」
(ここは正直に話して誤解をとくべきだよな)
「実は関西弁が……」
(大丈夫かな。この状況で関西弁好きとか言ったら余計怒らせてしまうかなぁ……)
「関西弁?」
沙葉はひきつった顔で聞き返した。
「関西弁が……、関西弁が……、実は関西弁が嫌いなんだ」
「え?」
「あの子達、関西弁で話てたからつい反応してしまって。ごめん、誤解させちゃったよな」
「あぁ、そうなんだ。こっちこそごめんね。なんか変な勘違いしちゃった」
「いいよ、僕が話していなかったのが悪いのだから」
(嘘をついてしまった。だけど嘘も方便っていうことわざがあるんだから大丈夫だよな)
この咄嗟についてしまった嘘が、これからの二人を苦しめることになるなんて、その時の坂井は全く知るよしもなかった。
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