月夜に咲く花

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月夜に咲く花

 初めて触れられた時、君は僕に、花を手折るような気持ちだと言った。思わず笑ってしまったのは、二十歳をずいぶん過ぎた僕をまだ花になぞらえる気障なせりふがおかしかったのと、これから君に抱かれるのだと知ってたまらくなったから。  君は完璧な恋人ではなく、僕は君のたった一度の浮気を許せないでいるし、忙しさにかまけて僕を顧みない君に何度も失望を味わわされている。僕もまた完璧な恋人ではないのに、君は決してそれを口にしないから、本当は少し怖い。  君の身体は年相応になった。鞭のようにしなやかな腹筋は、戯れに顔をうずめたくなるくらいにはだらしなくなった。  僕の身体もまた年相応になった。君が美しいと言った肌は、髪は、もうすっかり色あせてくすんでしまったと思う。それでも君は、僕を称賛することをやめないのだね。 「きれいだ」 「ふふ」  僕を撫でる手に、金属の硬く冷たい感触が混じるようになったのは五年前。指輪を交わし合ってもいまだに、ベッドの上で合図を受け取ると、僕は初めてのように思わず笑ってしまう。  今日は夜になってもずいぶん暖かかったから、窓を半分ばかり開けたままだった。新調したばかりのカーテンを閉め損ねていて、外灯と月明かりが眩しいくらいに射し込んでいる。目を瞑ってしまえばわからないけれど、直前に逆光で見た君の切ない顔が僕の目玉の奥を痺れさせている。  ベランダのジャスミンはまだ咲いていないのに、まとわりつくような香りが立ち込めている。君が手ずから僕の首筋につけた香水が、吸い込めばむせてしまいそうなほど香っているのだ。 「きれいだよ」  靄がかった頭の中に、君の低く擦れた息がエコーになって響く。  君が進めば僕は満ちて、満ちて、満ちて、満ちて――溢れる。  夜はまだ更けたばかり。  君が誘えば僕は、明日の予定を全部放り投げて、掃除も、洗濯も、読書も、何もかも忘れて、日曜の午前を君と二人で微睡みながら過ごすことになるだろう。君の寝息を子守唄代わりに、いびきをかく鼻を時々摘んだりして。  だから、はやく、もっと、揺らしてくれ。
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