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Another Side Story
~Another Side Story~
どうしてこんなにドキドキするのだろう。
今まで、こんなことはなかった。
だれの相手をしても、仕事として割り切ることができた。でも…今回は違う。
出水は、特別顔立ちが整っているというわけではなかった。なのに…
「出水くんてさ、好きな子とかいないの?」
なに聞いてんだろ、私。
「え?」
そりゃそういう反応するよね。
「いるよ」
!?
「え?だれ?!」
また聞いてしまった…
「言うわけないじゃん!」
「そりゃそうだよね~」
私なんかに教えてくれるはずもないよね。
雪乃はごまかすかのように世間話をはじめた。
「…ですね。」
「え?」
出水が何か呟いた。なんて言ったの?
「月が、綺麗ですね。」
今日は綺麗な満月だった。
「ええ…そうですね」
でもなぜ今それを?
「あの…今のは…」
「ん?」
なんだろう…
「あの、『月が綺麗』っていうのは…」
出水はなぜかがっかりしたような表情を浮かべていた。そして、少し赤い…
なんか私やっちゃった?
「やっぱりいいです……あの、明日、明日デートしてください!!」
そう言うと出水は頭を下げ、手を出した。
え?なに?まさか出水くんもなの?
雪乃は舞い上がりそうになるが、ふと気が付いた。
…あ…そっちか…あたりまえだよね…
雪乃はがっかりしたが、何とか笑顔をつくった。
そして、出水の手を握る。
「ええ、よろこんで」
うまく笑えただろうか。
「じゃ、また明日」
2人は出水の家の前まで来ていた。
「あ、うん。それじゃ」
「またね」
雪乃はパソコンに向き合っていた。
画面に検索結果が映し出される。
「これって…」
どうしよう…
雪乃は今日1日、そのことで頭がいっぱいだった。
でも、それを顔に出すわけにはいかない。
仕事は、しっかりしなくては。
雪乃はつとめて楽しそうに振る舞う。
日も落ちてきた。そろそろか…
「出水くん!」
雪乃はできる限り表情を隠して言う。
うまく隠せただろうか。
「私ね、昨日のこと家で調べたの。『月が綺麗』ってやつ。あれ、ああいう意味だったんだ…ごめんね。私たちの関係でそれが無理なの、出水くんも分かってるでしょ?」
昨夜、自宅で調べていた。
「月が綺麗」それは、文豪・夏目漱石が使った、愛の言葉だった。
まさか両思いだったとは…
出水の昨夜の誘いも、仕事の方かと思っていた。だけど…社則が頭によぎる。
『 クライアントと恋愛関係になってはいけない。』
たとえ両思いとはいえ、出水にその想いを伝えることは…
出水はがっかりしたような顔をしていた。
「それじゃ」
少し残酷なような気がしたが、これ以上一緒にいると…
雪乃は振り返ることもせずただ前だけを見て歩いていった。
目から溢れた、大粒の真珠を隠すように。
~fin~
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