会いに来てね

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 会話をしているうち、丸太町駅の入口に着いた。   「下まで送るよ」 「うん」  地下の改札口へ向かうため、階段を下りる。  券売機で切符を買った実月は、名残惜しそうに振り返り、じっと僕の顔を見つめた。 「どうかした?」  一人で帰るのが寂しいのだろうか。  それなら、明日もまた会えばいい。  そう言おうとしたら、美月が先に口を開いた。 「ありがとう」  やけにあらたまった口調でお礼を言う。駅まで送ったことに対してのお礼だと思い、 「いつも送っているだろ。構わないよ」  と答える。すると、 「ううん」  美月は首を振った。 「今まで、ありがとう」  彼女の声音が、普段とは違う。  それを敏感に感じ取り、僕はドキッとして美月を見つめた。 「今まで、ってどういうこと?」 「私……ちょっと、遠いところへ行くことになって。だから多分、もうあなたに会えないと思う」  思いがけないことを言われ、混乱する。 「ごめん、意味がわからない」 「今日でお別れっていうこと」  唐突な別れ話に、僕の頭は真っ白になった。  僕は、何か彼女を不快にさせるようなことをしたのだろうか。  愛想を尽かされるようなことをしただろうか。 「なんで急にそんなことを言い出したの?」  せめて理由を聞かなければ。  縋るような僕を見て、美月は、少し困った顔をした。 「……ごめんなさい。最後にお礼を言っておきたかったの」  美月は、小柄な体を震わせて、黒目がちの瞳を潤ませた。まるで、シロツメクサの中で震えていたミミのように。 「遠いところ……ってどこ?」 「……お月様、なんて言ったら、あなたは信じてくれるかしら」  この期に及んで、冗談だろうか。なら笑えない冗談だ。  僕はイヤイヤをする子供のように首を振った。 「本当の理由を教えてよ。遠いところって、外国? 留学でもするの? 遠恋になっても構わない。美月が月に行くと言うのなら、僕は月にだって会いに行くよ。だから、もう会えないなんて言わないで」  すると、美月は弱ったように微笑んだ。 「会いに来てくれるの? 月まで? 本当に?」 「例え、君が本当に月に行くのだとしても、会いに行く」 「……嘘でも嬉しい」  美月の笑顔が、明るくなる。 「嘘だなんて……」  けれど、僕の言葉を最後まで聞かず、美月は背中を向けた。 「……会いに来てね」  ぽつりとそうつぶやくと、まるでうさぎが跳ねて逃げて行くように、改札口をくぐって行った。    美月は振り返らなかった。  彼女の背中が見えなくなるまで、その場に立ち尽くしていた僕は、ようやく我に返り、つぶやいた。 「絶対に会いに行く」  美月は、何か思い詰めているのかもしれない。  アパートに帰ったら、彼女に電話をしよう。  悩み事があるなら、相談して欲しい。二人がずっと一緒にいられるように話し合いたい。  ――けれど、その後、いくら電話をかけても、美月が出ることはなかった。
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