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降り続いていた雨はようやく止み、僕は恋人の美月と一緒に入っていた傘を畳んだ。
京都・百万遍に位置する国立大学に通う僕は、大学からほど近い白川通りに面するアパートに下宿をしている。
今は、僕の家に遊びに来ていた美月を、京阪電車・丸太町駅まで送る途中だ。
歩くと時間のかかる距離だが、僕たちはバスではなく、あえて徒歩を選んでいた。少しでも長く、二人一緒にいたいというのが、その理由だった。
僕とは別の大学に通う美月とは、大学に入学してほどなく、アルバイト先で知り合った。彼女は、まるで昔からの友人のように、いつの間にか僕の隣にいて、どちらからも特に告白をすることもなく、付き合うようになった。
白川通りと丸太町通りの交差点から少し西へ進むと、岡﨑神社という、由緒ある神社が見えてくる。スサノヲノミコトとクシイナダヒメノミコトをご祭神とするここは、縁結びと子授けの神社だ。
そして、この神社は、多産を象徴するうさぎのモチーフが多く使われていることで有名だった。
美月は、本殿の前に鎮座する狛うさぎが気に入っていて、僕の家から帰る途中、必ずこの神社に寄りたがった。
今日もまた、岡﨑神社に立ち寄り、本殿に手を合わせる。
僕は早々に祈りを切り上げたのだが、隣を見ると、美月はまだ目を閉じ、真剣に何かを祈っていた。
たっぷり3分ほど祈りを捧げていた美月がようやく目を開け、僕は、
「何をお願いしていたの? えらく熱心だったね」
と尋ねた。すると彼女は、黒目がちな瞳を悪戯っぽく細め、
「内緒」
と言って微笑み、首に巻いていたマフラーを引き上げた。
二人で、本殿前の阿吽の狛うさぎを撫でる。狛うさぎは、冬の冷気でひんやりしていた。
階段を下りながら、僕は実月に、
「今日はおみくじを引かないの?」
と尋ねた。もうすぐ授与所が閉まる時間だ。
実月は首を振り、
「今日はいいわ」
と答えた。
「こんな日に、凶だったら嫌だもの」
確かに、こんなに冷たい雨の日に、さらに気分が落ち込むような凶を引くと、嫌になるかもしれない。
雨でなく、いっそ雪だったら、気分も違うのに、などと考える。
鳥居を潜り、通りへ戻る。
駅へと向かって歩きながら、
「うさぎと言えば」
僕は美月に話しかけた。
「実家でうさぎを飼っているって話、したことがあったっけ?」
「その話、初めて聞くわ」
美月は目を丸くして僕を見た。
「どんなうさぎなの? 可愛い?」
すぐさま彼女は、その話題に食いついてきた。僕は、彼女が動物好きで、特にうさぎが好きだということを知っていた。なぜ今まで、この話をしなかったのだろう。
「ネザーランドドワーフっていう種類のうさぎなんだ。耳が短くて、丸っこい体をしてる。小型のうさぎなんだ」
「写真あるの?」
目をキラキラとさせて美月が聞いて来たので、僕はデニムのポケットから携帯電話を取り出すと、ミミ(実家のうさぎの名前だ)の写真を画面に映し出し、彼女に見せた。
「ふふっ、可愛く撮れてる!」
案の定、彼女は更に目を輝かせ、写真に見入る。
「ミミは、迷いうさぎだったんだ。実家の近所の河原にいるところを僕が見つけた。春で、土手にはシロツメクサが一面に咲いていて、ミミはその中に隠れるようにうずくまってた。まるで童話の中の光景みたいだったよ」
それはメルヘンチックな光景だったが、その時のミミは満身創痍で、体は泥だらけ、足の裏は傷だらけで、僕は急いで保護をすると、一目散に動物病院へ連れて行った。警察に届けても飼い主は現れず、ミミはうちの子になった。
「ミミは人懐こくて、膝の上に乗ってきたりするんだ。実家にいた頃は、僕が世話をしていたから、僕には特に懐いていたなぁ」
懐かしくなって、ミミの姿を思い出すように空を見上げる。いつの間にか雲が晴れ、藍色に変わりつつある空に、月が見えた。
そういえば、月の異称を玉兎と言うのだっけ。月の中にうさぎが住むという伝説からきている言葉らしい。
「その子のこと、大好きなのね」
美月がほほえみを浮かべて、僕の顔を見つめている。
「そうだね、大好きだよ。会いたいなぁ」
一度思い出してしまうと、無性に会いたくなってしまう。あのふわふわとした体に頬ずりをしたい。
「美月は動物を飼っていたことがあるの?」
今度は、美月に問いかけてみた。
「ううん。ないわ」
美月はあっさりと首を振る。
「それは何か理由があったの? 家族が動物アレルギーとか……」
動物好きの美月にしては意外だと思いながら、更に質問を続けてみると、
「うーん……特に理由は、ないけど」
と歯切れの悪い答えが返って来た。
「……?」
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