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部屋の中で、僕は呆然と携帯電話を見つめていた。
「お客様のおかけになった電話は、電波の届かないところにあるか、電源が入っていないため、繋がりません」
一体何度、このメッセージを聞いただろう。
どうやって美月に連絡を取ればいいのだろう。
彼女は、本当は僕のことが嫌いになって、今後一切、関わりたくないと思ったのだろうか。月へ行くという言葉は、僕を諦めさせるための方便だったのかもしれない。
そう考えると、無性に悲しくなり、僕はうな垂れた。
すると、不意に着信音が鳴った。
美月かもしれない。
僕は、誰からの電話かも確認せず、慌てて通話ボタンを押した。
「もしもし」
勢い込んで声を出すと、
「あ! 洋平!?」
僕の名前を呼んだのは、母親だった。美月ではなく、実家からの電話に、肩を落とす。
「なんだ、母さんか……。どうしたの? 何か用事?」
若干、苛ついた声音で返すと、母親は一瞬言葉を詰まらせ、
「ショックを受けないでよ、洋平。ミミが……ミミがね、さっき死んでしまったの」
と、言った。
「えっ!?」
思わず、目を見開いた。今日、懐かしく、ミミのことを思い出したばかりだというのに。
「お医者様の見立てでは、子宮がんだったみたい。うさぎには多いんですって、子宮の病気。もっと早く気づいていれば、手術することも出来たんだけど……」
「…………」
後悔を滲ませている母親に、僕はどう答えていいのか分からなかった。今日、この日、美月だけでなく、ミミまでいなくなってしまうなんて。
「でもね、こう考えることにしたの。ミミは死んだのではなく、お月様に行ってしまったんだって。きっとお月様にはたくさんのうさぎがいて、ミミも寂しくないに違いないって」
お月様に行ってしまった――。
その言葉に、僕はドキッとした。
まるで、美月の別れの言葉のようだ。
まさか……そんなことってあるわけがない。
ネザーランドドワーフのように小柄な体。大きな黒い瞳。いつの間にか僕の側にいた、人懐こい美月。
僕は、彼女がどこに住んでいるのか、知らないことを思い出した。会うのは必ず僕のアパートだったから。今から思えば、彼女が、本当に、市内の女子大に通っていたのかどうかも定かではない。
どうして今まで、美月のことを、もっと詳しく知ろうと思わなかったのだろう。
「……会いに来てね」
美月の最後の笑顔が脳裏に浮かぶ。
――約束は、果たさなければならない。
僕はその時、必ず月に行くと決心した。
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