第一章 エイミの旅立ち

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「はじめまして! お世話になります。有田詠美と申します。よ、よろしくお願いします」  なぜか、彼はギクッと肩を揺らしたような驚いたような顔つきになった。  もしかして、あたしが来ると聞いてなかったのかな?   テニスの王子様の実写版と呼ばれる切れ長の目が微妙に泳いでいる、白いスニーカーを脱ぎながらも、どこか鈍いような動作でこちらを一瞥している。 「ああ、よろしく……」  サッ。彼は渋面のまま顔を斜め下に伏せている。 (えっ、あたしのこと、うざがってるのかな?)  こんなの気のせいだと思いたいんだけど……。ずっと、あたしの存在を見ないようにしている。彼はフラリと厨房に入ると調理中のミセス・アービングに話しかけた。 「今夜の夕飯はトムの釣り仲間の御宅で食べます。十時までには戻ります。裏門は閉じないで下さい。醤油とワサビを持って行きますが構いませんか?」 「ええ、どうぞ」  お醤油とわさびを調達しようと思い戻ってきたらしい。再び、彼は、玄関先の外へと進んでいるのだが、どうにもこうにも生気のない顔つきをしている。しかも、頭頂部の寝癖が半端なかった。おかしいぞと思い首をかしげていると末っ子が肘をトントンと突いた。 「お姉ちゃん、どうしたの? 気になる事でもあるの?」 「先刻、光人さんに挨拶したんだけど反応がおかしかったの。様子が変だった。どうしてなのかな?」 「なぁーんだ。そんことか。気にしなくていいよ。兄ちゃんは根暗なんだよ」  えっ、そんな馬鹿な……。  だって、光人さんは生徒会長なんだよ。アメリカで行なわれた弁論大会でも入賞しているんだよ。いつも、キビキビと生徒を導いているのに、根暗なんて、そんなの有り得ないよ。  あたしとしては、どうにも腑に落ちなかったが、明るい末っ子に比べたら物静かという意味なのかもしれないけれど……。  うん。きっと、そういう事なんだわと自らに言い聞かせていく。  そして、待ちに待った夕飯の時間が訪れた。ミセス・アービングの豪華な料理に心が躍る。おおっ、やっぱり、見た目からして素晴らしい。お皿もいい。盛り付けも繊細。まるでレストランに来たみたいだわ。  メインディッシュは白身魚の蒸し煮で檸檬風味のソースが魚の甘味を引き出している。  彼女は世界各国の料理に精通しており、今夜は、イタリア料理をベースにしているという。  末っ子は大好きなメジャーリーグの話をしており、ケイトはニューヨークで観た舞台の話や有名な宝石店のことやセレブ達が集うパーティーの話を愉しそうにしていた。 「エイミ様、お飲み物のおかわりはいかがですか」 「はい。お水、お願いします」 「あっ、僕、コーラーちょうだい」  食事の間、末っ子は色々とあたしに質問をしてきた。 「ねーねー、エイミは好きな動画ある?」
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