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「それで結局灰谷は」
「こんなもの、育てられるわけないだろう、って言ってた」
「ふふ、そうかい。なかなか元気だね」
「でも雛は大事そうに抱えていた。あれが初恋だったなんて、がっかりだ」
「ひどいけれど、ひどい中ではまだましな方さ」
「途中で立場がかわった。俺が灰谷に、灰谷が俺になった。マーサはどう思う。どういう意味があると思う?」
マーサは首をすくめ、回答を持ちあわせてないという意思を示した。コハクは続ける。
「一つだけわかったことがある。あいつはたいした奴じゃない。俺は強いし負けない。次に会ったら本当に殺す」
「とにかくよかったじゃないか。お前はお前のやり方でちゃんと報復した」
マーサはコハクが灰谷に同情や嫌悪、憐憫、憎しみ、畏れがあることを見抜いていたが、そんなことを一切言わず、コハクを褒めた。
「甘いと思っているくせに」
すねたように言うと、マーサは大真面目にこたえた。
「いや? 被害者も加害者も組み合わせだ。どれをとってもそれぞれオリジナルの関係だ。わたしはお前が決着をつけられて、平安を得られればそれでいい」
「一生の呪いをかけた。雛は成長する。うまく育てないと大きくなった鳥はあいつの目をえぐる」
雛の腹にはQRコードがあった。灰谷の美しい黒い瞳がするどいくちばしでえぐられるさまをコハクは想像した。
「違うね。呪いじゃない。灰谷自身が招いた当然の『報い』だ。一つだけ小言を言おう。一人で地下世界に行くのは感心しない」
「マーサ、愛してる」
軽口としておしゃべりに混ぜる。マーサはすぐには何も言わなかったが、しばらくして「わたしもだよ」と、言った。
そして、「さあそろそろ病院へ行かなければ」とコハクを促した。
「一緒に行こう。ジェニがあんたに会いたがっている」
マーサの頬は濡れていた。マーサが泣いているのを見るのは、初めてだった。
コハクはマーサのスカートに顔をうずめた。マーサはコハクの頭をなでた。しばらく動かずにじっとしていると、洗濯とハンドクリームのにおいにまじって、かすかにジェニのにおいがした。
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