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長く、密度の濃い情事が終わり、起き上がって服を身につけ始めたコハクに、うさぎは名残惜しそうに言った。
「もう着てしまうの」
「ん」
「コハクは裸が一番似合うのに」
ふきだすと、背後から抱きしめられた。服の飾りをいたずらするようにひっぱってくる。
「自分で脱いでくれて正直助かった。これ、どうやって脱がしていいかわからないもの」
「嘘ばっか。器用なくせに」
「いやぜんぜん、それとこれとは」
うさぎはコーヒーを淹れようと、キッチンに立った。メーカーに一式をセットすると、上半身裸のままで端末を確認する。
背中はまるくない。やはり猫背は擬態か。
ずるい、と思うけれど、秘密を共有しているのだとすれば嬉しく、にやけそうになる。
うさぎを眺めながら、コハクは手でタバコをもてあそんだ。何から話せばいいのか、どこから話せばいいのか、わからなかった。
望みは一度完全に捨てた。なのに今ではこの恋が、どうすれば一日でも長く生き延びることができるか考えている。
生まれたての関係は、どこへ向かうのか予想もつかなかった。
コハクにこれまであったこと。
うさぎと再会するまでの間のことを、すべて話してしまいたい衝動にかられた。
何か、ひと固まりのものにして、口うつしにのませたい。
取引するみたいに、同じ熱量と詳細さでうさぎにはどんな過去があり、どんな人たちと関係を持ち親密になってきたのか、知りたいと思った。
うさぎの過去を知っている者に強烈な嫉妬を感じる。
反面、この瞬間最も近く、最もその熱を感じているのは自分だという優越感もある。
うさぎは目の前にいる。
先ほどまで肌を合わせ、身体の一部をつなげ、どろどろに溶けあっていた。繰り返し熱をもって求められた。
過去はどうしようもないが、うさぎとの未来を誰にも渡したくない。
それなのに知らないこと、わからないことだらけだ。
コーヒーが出来上がっても、うさぎは端末を見ていた。
「どうかした?」
尋ねても返事はない。結局コハクはタバコを吸わずにしまった。
「うさぎ、たくさん話したいことがあるけど、あまり時間がない」
その言葉で、ようやくうさぎは顔を上げた。困ったような笑みを浮かべている。
「すまない、たった今、知らせがあって」
コハクはうさぎの表情から、嫌な予感がした。
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