4、ニュー・ワールド

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「所属していた部隊が殲滅した。生存者は一人もいないそうだ」  コハクの脳裏に、昔一緒に火を囲んだ大人たちが浮かんだ。渡されたアルミの碗に、あたたかな食事が湯気をたてていた。もっと食べろとうながされた。 「……たった一人、ぼくだけが生き残った。能勢の親父さんの命で特区に来ていたぼくだけが」  かつて、ジェニがコハクに言った言葉が蘇る。 ――しかし君という人は、吉とでるか凶とでるか、人の運命を左右する美しい宝石だね、コハク――  コハクはうさぎのそばにゆき、手を重ねる。 「何と言っていいか……。お悔やみを」 「平気だよ。昔から自分の目の前で起こらないかぎり、ダメージはないんだ。コハクこそ顔色が悪い。大丈夫? 」  うさぎは、表情をくもらせているコハクを逆に気遣った。自分の身には何も悲しい出来事などおこっていないかのようだ。  うさぎの大切な人の死は、コハクの大切な人の死ではない。  死など、目の前にある時のみでよい。自分の中で「範囲」を決めないと消耗してしまう。 「心から……お悔やみを……」  コハクは心臓を掴むように、胸元をぎゅっつかんだ。  不思議なほど心を痛めていた。  何度も悲しみに追いかけられたことがある。今逃げても、いつか必ず追いつかれる。 (いなくても、ここにいる。死んでも生きていてもここにいる。例え知らない人でも)  コハクは、重ね合わさっているうさぎの手のぬくもりを感じながら、悲しさと無力感が去るのを待った。  それはゆっくりと、時間をかけ、静かに立ち去る。コハクは彼らの後ろ姿を見送りながら、うさぎに率直に打ち明けた。 「紹介したい人がいる。会ってくれると嬉しい」  うさぎは快諾した。二人でコーヒーを静かに、大切に一杯ずつ飲んだ。病院へ向かった。
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