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街の中央にある病院は、特区に来てすぐジェニに連れていかれたところだ。以降、ジェニのメディカルチェックの付き添いで行くこともあったし、コハク自身、ちょっとした不調を診てもらうこともあった。
外来者受付で入室許可証をもらい、交流スペースにはいった。
ジェニの病室を番号で呼びだすと、ベッドがモニターにうつしだされた。面会の時間内であれば配布されたIDとパスワードで自宅からもアクセスできる。中と画面越しに話すことができた。
ジェニは眠っている。
「うさぎ、あれがジェニ。俺の保護者。身体は生きてるけど、頭の方はいない。出かけてしまってもう二度と帰ってこない」
マーサとともに病院に行き、医師から説明を受けて、一日もたっていない。
ジェニの意識はすでに旅立っており、戻る見込みはないとのことだった。
コハクの前で泣いたマーサは、悲しみが怒りのフェーズへ移行したようで、ジェニを罵った。
「脳も身体も無理に無理を重ねている。なんにせよ綱渡りだった。いずれこうなるのはわかっていたが、なんのヴィジョンもメッセージもわたしたちに残さないまま、勝手にあっちへいきやがった」
コハクは「ジェニの身体に会うことはできますか」と医師に問う。
入院してからは直接の面会は限定された一名と決められており、コハクはジェニとモニター越しにしか会えていなかった。医師は首を横にふった。
「スリープにはいれば外部との接触は避けてお体を契約者様にお戻しする、というのが規定です」
コハクはジェニの今にも目を覚ましそうな血色のよい頬と、呼吸のたびにわずかに動くまぶたを画面ごしに見るしかなかった。柔らかそうな髪の毛と、バイタルチェックにつながれているため掛布から出ている細い手を眺めた。
最後のお別れも叶わないのか、ということ、ジェニはもう何も語らない、ということを短い時間に理解せねばならなかった。
うさぎと並んで座り、ジェニを見ながら話す。
「ジェニは俺を特区に連れてきた。見た目はあんなでも、だいぶいろいろいじっていて実際はすごく年寄なんだ」
コハクはジェニのこと、マーサのこと、3人の関係について話せる範囲で簡単に説明した。試みれば試みるほど、自分達の関係がいったいなんなのか、 わからなさを再確認させられた。
うさぎは調書である程度のことを知っているのか、またはいないのか、コハクの言うことに、いちいち驚いたり、深追いしたりすることはなかった。最後まで話を聞いて、一つだけ質問をした。
「彼はこれからどうなるの」
「今日、一族に引き渡される。そういう契約だからってマーサが言……」
話しているまさにその時、病室に白衣を着た人々が入ってきた。覚悟をしていたが、頭から血がひくような、すっと暗くなるような感覚がする。
医師の横にマーサがいた。モニター越しにコハクを見て微笑んだ。黒いワンピースのスカートを整えるような仕草をした。
次の瞬間、パス、パス、と乾いた音が連続し、マーサ以外全員が床に膝をついた。実弾ではなく、威嚇と麻痺の効果があるサイレンサー付きの衝撃銃だ。
マーサは彼らの脚を撃った。
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