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相手が非武装とはいえ、一対複数だ。速さ、正確さ、大胆さ、冷静さ、すべてにおいて完璧で、改めてマーサの凄さを思い知らされる。
すみやかに交流ルームをでる。うさぎが無言で後につづく。
病室は交流ルームより上の階だ。エレベーターだ、と思ったが、どちらか迷った。迷ったまま、瞬間の判断で、一般のエレベーターが降りてくるのを待った。業務用エレベーターは反対側だ。
ドアが開くと、中にはジェニを背中におぶっているマーサが乗っていた。
「ハイ、コハク」
「マーサ」
ジェニは、ただ眠っているように見えた。
「ジェニだよ」
うさぎに言うと、うさぎは挨拶した。
「はじめまして、ジェニ」
エレベーターが下降しはじめる。続いてコハクはうさぎにマーサを紹介した。
「こちら、マーサ。マーサ、彼は」
「ねずみだね?」
「おしいです。もう少し大きなげっ歯類だ」
マーサはうさぎの言葉に、くぐもった声で笑った。
エレベーターが二階につく。外来患者のフロアだ。警備員が数人、病院スタッフや患者が大勢いる。
「ここで待って」
言われるがままベンチに座って待機する。マーサは車いすを持ってきて、ジェニを乗せた。ぐらぐらする身体を支えながら、病院を出た。
「セキュリティがざるだ」
うさぎはつぶやく。
コハクが目で訴えると、うさぎは「すまない、非番なのについ」とにっこりする。
マーサが手配した車に乗りこみ、公道へ出た。しばらく誰もしゃべらなかった。
四つめの信号待ちで、ようやくマーサが口を開く。
「今日ジェニを引き取りに来た連中が、ぼんくらばかりで助かった」
「いつからこうしようと考えてたの」
「最終的に決めたのはついさっき」
「……嘘だろ」
無計画さにあきれる。緊張がとけてゲラゲラ笑った。
中身が空っぽのジェニは、それでも身体はずしりと重い。もう二度と触れることができないと思っていたコハクには、その重さがとても嬉しかった。
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