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「コハク、ちょっと来な」
一日のすべての配達を終え、コハクが売り上げデータを端末から本部サーバーに送信していると、スタッフの制服である水色のドクターコートをはおった薬剤師がコハクに声をかけた。
ファーマシーは店長と何名かのスタッフで構成されていた。薬剤師は、薬や処方箋の仕分けとデリバリの少年たちのシフトを組んでいる中年女だ。少年たちにとって最も身近な大人だったが、普段、少年たちへはおろか、出入りの業者にすら笑顔をみせない。
そんな薬剤師に声をかけられ、コハクは、自分が何かヘマをしたのかと、心当たりが全くないのにどぎまぎしてしまう。
「売り物にならないやつだから持って行きな」
突然一抱えほどの紙袋を渡された。中をのぞくと、正規品の日焼け止めとせっけん、きれいな色をしたプラスチックボトルがはいっていた。どれもコハクの稼ぎでは手がでない高価なものだ。
それらは特別な人たちが使うもので、少々パッケージに傷がはいったとて、高値で取引されている。そんなものを渡され、コハクはどうしていいかわからなかった。
薬剤師は、煙草に火をつけ、もう用事は済んだとばかりに帳面をひろげる。コハクがその場に立ちつくしていると、薬剤師はなにか思い出したように化粧けのない顔をあげた。
「あんたの名前」
まじまじと目をのぞきこまれた。
「瞳の色……ふうん……」
薬剤師は独り言のように言って、帳面に戻った。犬でも追い払うように手をぴらぴらと振る。
コハクは戸惑いながらも礼を言って、事務所を出た。
コハクの瞳は琥珀色をしている。だから両親がコハクと名づけた。しかしそれを人に指摘されることなどめったにない。
「琥珀」は昔の言葉だし、「琥珀」がなんなのか知っている者に会ったこともない。コハクだって、家にあった図鑑の写真でしか見たことはない。その図鑑も家とともに焼けてしまったので、今では何もかも確かめようがない。
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