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コハクを追いかけてきたうさぎは、コハクの腕をつかんで強い口調で言い募った。
「どうして君は、ぼくなんだ。その美貌なら選び放題だろうに。ぼくは金もないぞ、軍でもたいして地位は高くない。見てくれもこんなだ。いったいなぜだ」
コハクはおそるおそる尋ねた。
「怒ってるの?」
「怒るべきは君だろう。あの時ぼくは君と一緒に逃げなかった。君を助けなかった。アメくんのことだって」
「うさぎ?」
「ごめん」
「どうして謝るの?」
「あの時助けることができず、一緒に逃げてやれず本当にごめん」
うさぎは苦しそうに言う。
「そんな昔のこと。…………覚えてくれていただけで」
うさぎはあの時のことを忘れずにいた。それだけで。
「アメくんのことを知りたいだろうに教えてやれず、すまない」
「メッセージを届けてくれた。こっちだってお礼をちゃんと言っていなかった。……ありがとう」
そして早口でつけたす。
「あと、ええと、あの日、蛇からも助けてくれて。ずっと、お礼を言おう言おうと思って結局言えなくて。軍のキャンプに行ったんだ。けど、もう、誰もいなかった。眼鏡、ひょっとしてあの時俺がふっとばしたのが原因で壊れ」
「……ぼくは君をかわいそうだと思っていた」
コハクはほほえみ、首を振った。
「俺はかわいそうじゃない。ひどいめに」
ひどいめにあったけど、と言いかけたが、思い直してうさぎの目を見ながらはっきりと言った。
「レイプされたけど、『かわいそう』じゃない」
「そうか」
「強い。……強いから平気だよ」
コハクが笑ってみせると、うさぎは、自分の髪をかきみだした。
「どうして君にキスしたか、今わかった気がする」
「今?」
コハクはふきだした。とても緊張していた。自分がどんな顔をしているのかわからない。
うさぎは眉間にしわを寄せ、一語一語区切るように言った。
「ぼくは、君が、弱くて、守るべきものだと、考えていた。違ったんだ」
「うん」
「思わずキスしてしまったのは、君が強くてきれいだったからだ」
「そんなの! ……もっと早くわかるべきじゃない? どうして今なの」
コハクがますます笑うと、うさぎはすねきった少年みたいな顔をした。
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