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「ここに来る前、能勢の父上から調書を渡された。特区にはエスタブリッシュメントの間で話題をかっさらっている有名な美姫がいると。その高根の花に能勢が傾倒していると」
「美姫?」
「調書に書いてあったんだよ。どんな色男や金持ちでも気まぐれに遊んで、飽きたら簡単に捨てる。そんな手ごわい姫に能勢がいれこんでいて、骨抜きになっているせいで国に帰ってくる様子が毛頭ないとね。写真で君だとわかった」
コハクは否定も肯定もせず無言でうさぎを見つめる。
「君のことをあまり見ないようにしていた。だって君は能勢の想い人だし、ぼくに興味をもつ意味もわからなかったし」
「能勢に遠慮してたってこと」
「そうだ。それにぼくはいずれ軍に戻らないといけない。戦争はくそだが、仲間がいる。借金もある。能勢は、あの一族には、足向けできないんだ。コハクにも大事なものがたくさんあるのと同じだよ」
コハクの顔にかかった髪が涙で頬にくっついている。それを優しくなおしながらうさぎはほほえんだ。
「毎度ぼくの忍耐力を試してくれたね。君の勝ちだ、コハク。ぼくなんかの何がいいのかさっぱりわからないが、降参だ。君にふれていい?」
「……俺と寝たら離れられなくなるよ。うさぎだって骨抜きになる。いいの?」
強気な発言も涙が目の縁にたまったままでは、恰好がつかなかった。
うさぎは、ふ、と息をもらし、コハクのまだ濡れている頬にふれた。
その手の平からコハクの薄い皮膚をとおして全身に、バチバチと火花のようなものがしみこんでくる。
強烈な何か。
受信してる。
好き、すぐにでも抱き合いたい。
「準備する。待ってて」
コハクはそっけなく言ってバスルームに逃げた。こんなこと慣れっこのはずが、膝がふるえている。
しっかりしろ。
簡易キットで胎内を洗浄した。うさぎに抱いてもらえる。あきらめていたのに。
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