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ドアを開ける。心のドアも開けられればいいのに。
コハクはそんなことを思いながら部屋に戻った。
ベッドで待っていたうさぎが目にしたのは、なにひとつ衣服を身に着けていないコハクで、はちみつ色の長い髪以外コハクの身体を隠すものはなかった。コハクは恥じらいもせず、うさぎのもとに行き、手近にあった椅子に座って足を組んだ。
ベッドに寝そべったままで、うさぎは思わず目を細めた。
「はは、君は本当に時々人間じゃないみたい」
「……」
「初めて君を見た時も思った。人の世界に間違えてまぎれこんだみたいだ。こんな狭くて簡素な仮住まいも、まるでそこだけ神話だ」
「落ち着けるいい部屋だ。俺とアメが住んでいた家は、隙間だらけの粗末な小屋だった。覚えてる?」
うさぎはブランケットを持って立ち上がり、裸のコハクをくるんだ。そしてそのまま抱き上げた。
「やめ、重いって」
「そうだね、初めて会った時もコハクは裸だったけど、あの時はもっと軽かった」
コハクはベッドにおろされる時、間近でうさぎの目を見て息をのんだ。
うさぎが自分を見る目が熱をおびていた。短い時間に何が起こったのかわからないが、特別な好きは、目の色でわかる。
「うさぎ、俺のこと好き、なの?」
「そうだよ」
当たり前のことをなぜ聞く? と質問返しされ、コハクは言葉がない。
うさぎの顔が近づいてくる。
最初は触れるだけの優しいキスを数回、間をおかずうさぎの舌がコハクの下唇の上に乗り、そのまま割ってコハクの粘膜をさぐろうとする。口内に侵入してくる様子はまるで蛇のように狡猾だった。それに対しコハクは、怖じ気づいて口の中で舌をまるめてしまう。
「ちょっと待っ……」
「ああ、ついがっついてしまった」
親指のはらで口元についた互いの唾液がまざったものをぬぐうさまは、コハクがよく知る猫背で寝癖で、にやにやしているいつものうさぎではなかった。
急に心臓がうるさく打ち、コハクは完全に腰がひけてくる。
「うさぎ、っ、ごめ……、やっぱり無理……っ」
コハクは肩から落ちていたブランケットを前でかきあわせ、ベッドから飛び降り、隣の部屋に逃げた。
しばらく裸でブランケットにくるまってドアの影にいたが、うさぎは追ってくるどころか何も言ってこなかった。静けさにだんだん不安になって、コハクは少しだけドアを開けた。中をのぞくと、うさぎはベッドの上で笑って手を広げた。
「……」
コハクはあわててドアを閉め、考えた。結局負けを認め、屈辱に打ちのめされながら部屋に戻った。
「戻ってくると思ってた」
「意地悪」
「意地悪なもんか。もう逃がさないよ」
捕まえられ、ベッドが壊れるんじゃないかという勢いで、押し倒された。二人で笑い転げ、どちらともなく唇をあわせた。
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