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うまい話には裏があると私は身をもって知っている。たとえ契約書を作ったとしても、もしや巧妙に騙されているのではと疑ってしまう自分がいる。
だから書面に『松久八郎はこの敷地内にある全てのものを竹下正雄に譲渡する』などと書かれたところで信じることなど出来はしない。庭、縁側、机、ふすま、欄間、そして豪邸、目に映るもの全てがたった今自分のものとなったなんて信じることなど出来はしない。
松久がわざとらしく息を吐いた。
「まだ疑ってるのか。ワシも信用がないもんだ」
「悪く思うな。庶民たる私には経験のないことなんだ」
「ワシだってこんなことするのは初めてさ。ま、これから住んで行くうちに実感がわくだろ」
そう言ってキセルを取り出しぷぅと煙を吐き出した。許可も無く吸い出すあたり、まだ彼も家を譲ったという実感が無いみたいだ。
それにしてもこの男、自らの住まいを手放したというのに見事な落ち着きぶりである。訝しんで「未練は無いのか」と聞いてみると「有るよ」と平然と答えた。
「先祖代々受け継いだ家だ、手放してしまうのは彼らに申し訳ないと思う。でも駄目なんだ、これ以上ワシがこの家に住むわけにはいかないんだ」
「実はこの家は差し押さえられているんだ、なんて言うんじゃないだろうな」
「そんなことあるもんか」そう言って松久はまた煙を噴いた。
「あの子がいなくなったんだよ」
なんのことやら、さっぱりだった。
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