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松久との出会いは小学校にまで遡る。当時の彼と言えばクラスで浮いた存在だった。周りから距離を置かれていたということではない。黒塗りの高級車で通学し、いつも制服には皺ひとつなく、姿勢も礼儀も言葉遣いも完璧過ぎて、むしろ彼の方が浮世離れしていたというのが実情である。この絵に描いたようなやんごとなきクラスメイトは何故か私と馬が合った。
私は何度か彼の家に遊びに行ったが、それは見事な豪邸だった。大きな門があり、広い庭があり、蔵まである。木造家屋は大きさはもちろん、歴史的価値を感じさせる荘厳さを醸していた。明治の時代から家業をしっかり受け継いでひと財産を築いたのだと誇らしげに教えてもらった。そして彼もまたいずれ家業を継ぐのだと言っていた。
あれから数十年の月日が流れた。我々はいつしか疎遠となりそれぞれの人生を歩んでいた。私は五十にもなってアルバイトを転々としながらボロアパートに住む人生を、松久は無事に家業を引き継いで子宝にも恵まれた人生を。風の噂で親友の話を聞くたびに私は羨ましく思ったが、しかし妬ましくは思わなかった。もう二度と会うことは無いと思っていたからである。
しかし風雲急を告げる出来事が起こる。
「ワシの家はいらんかね」
松久は現れるなりそう言った。
そこから契約書にサインするに至るまではほとんど時間は要しなかった。
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