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5
徹底的に物事を排除していくロバートのやり方には目を見張る。
今まで欠かさず見ていたテレビは一切見なくなり、会話をする際にも必要かどうかを考えるようになった。
全てを自分にとって有益かどうかというモノサシで測るようになり、知らず知らずのうちに利己的になってた。
シンプルを突き詰めることによって家庭内の関係は鉛のように冷え切っていた。妻や子供との会話もメリットがあるかどうかで判断するようになった。
以前食事をしている時は、ジェームズの学校での話題を微笑みながら話していたが、今はそのような話になってもロバートは顔色一つ動かさない。眉間に皺を寄せ虚空を見つめてずっと何かを考えているようなのである。食事時は機械的に食べ物を口に運び、さっさと自室にこもってしまう。
ロバートが家族との団欒に介入しなくなったことによって、家族間の会話は極端に減った。
ジェームズは一人で遊ぶことが増え、顔に笑顔を浮かべる回数が日毎に少なくなっていた。妻も夫であるロバートに愛想をつかせ、職場の同年代の男と関係を持つようになった。まるでジェットコースターのように家庭環境は壊れていった。
少し前までは暖かく笑顔が絶えない理想の家族が、ロバートのミニマリズムによって壊滅し、干上がった海のように手がつけられなくなってしまった。
ロバートは会社を良くすること、仕事で成果を出すことにだけ頭を使っていた。そのため、家族との会話は耳にも入ってこないし見えてもいなかった。仕事場以外では彼は盲目であり聴覚障害なのだった。そのため、彼は家庭で起きている一切のことに関して気がついていなかった。
ロバートが仕事が帰ってきたある日、家は喪服を着せたように静かだった。考え事をするのに都合が良いなと、久々に目尻に皺を寄せた。家は電気がついていなく真っ暗で人の気配はしなかった。妻とジェームズは友達の家でも行ったのだろうかとロバートは考えたが、部屋の明かりをつけるといつも以上に室内が広々と感じられた。
昨日まであった食器や家具、洋服がなくなっているのだ。ついにロバートに感化されて、妻もミニマリズムの素晴らしさを知ったのかと考えたが、どうも片付きすぎている。歩みを進めると床の軋みが聞こえるほどしんとしている。よく見ると生活をする際の必要最低限のものまでないのだ。そこでロバートはようやくテーブルの上に何かがあるのに気がついた。
広々としたテーブルの上にA4の紙が一枚、意志を持つかのように佇んでいる。黒を基調にしたテーブルの上に、白い紙が置かれているコントラストは不思議に綺麗だった。今ではロバートの信条になっている「シンプル」を象徴する図であった。
そのA4の紙は、ロバートと妻の間にある婚約関係を破棄するものだ。所謂、離婚届がそこには置いてあった。そのことを認識した時、ロバートはさほどショックを受けなかった。というのも、仕事のことで頭がいっぱいだったのだ。スーツを脱ぎハンガーにかけ、ネクタイを外した時にふと、頬に生暖かい水気を感じた。次の瞬間に、ポトっと床に涙が落ちた音が遅れて聞こえた。ダムが決壊し水が押し出されあふれ出すようにロバートはひたすらに泣いた。自分がどれだけ妻とジェームズを愛していたことか、愛しい彼らのためならなんだって投げ捨てる覚悟だった。深く彼らのことを考えた末に彼はハンマーで後頭部を殴られたような大きな衝撃を受けた。
私が今、一番楽しみ充実している時間は仕事かもしれない。家族を思ってひとしきり泣いた後に考えたことは、明日のプレゼンの進行だった。そして、それは彼を慰め元気付けた。仮に離婚をして、ジェームズがどこかへ行っても後悔はしない。私は私のやりたいことをやるのだ。家族がいなくなれば、かえって仕事について考えれる時間は増えるとまで思っていた。
今までロバートを支配し、最重要として考えてきた家族はもはや必要がなくなっていた。自分に課せられた期待を超えること、課せられた仕事を効率よくこなすことがゴールなのだ。一般の人が描くゴールが私のゴールではない。自分が信じた道をただただ歩むのだ。それが人生なのだ。お金や情や家族などはいらない。自分に課せられた責務を一つ残らず完璧にこなすのが私の人生の目的であり。ミニマリズムなのだ。
家には薄暗い光が1つ象徴的に付いており、四角い窓枠からレース越しにロバートの後ろ姿がぼんやりと見える。それは安住の地を求めて飛び立った鳥の群れから逸れた、一羽の鴨ようだった。どこに行けばいいかも分からず、ただ左右を見渡すことしかできない。流れにのってどこかへ向かうには遅すぎた。11月下旬の冷たい外気が庭の芝についた露を霜に変え、本格的な冬がやってきた。
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