距離

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 私はおもむろにその封筒の封を切った。  中の手紙が破れないよう、慎重に手で破る。  すると、中から一枚の便せんが出て来た。私は月の明かりがちゃんと届く場所まで移動すると、月明かりでその文を読んだ。 『陸奥の しのぶもぢつり 誰ゆへに みだれそめにし 我ならなくに』  声に出して読むと、それは和歌だった。  誰のものか私にはすぐにわからなかったけど、その下に続きが添えてあった。 『月は今も昔も同じ場所にあります。そしてずっとそこに在り続けます。あなたが卒業しても……。  僕も今日はあなたと同じ月を見て、眠ります。また明日』 先生の赤ペンと同じ文字で綴られたその文を読んで、私はすぐにスマホをパジャマのポケットから取り出して、その和歌を調べた。  作者は河原左大臣という人で、内容は、 『陸奥の国の真夫の地で作られる乱れ模様のように、私の心は乱れています。こうなったのは誰のせいでもない、あなたのせいなのですよ』  私はそこまで読むと、急に涙が溢れ出した。  先生は私のことをそんなふうに思っていたなんて、知らなかったし、先生がこうして想いをちゃんと返してくれたことが何より嬉しくて、私は涙が止まらなかった。  私はひとしきり涙を流すと、空を見た。まん丸い月が浮かんでいる。  先生が携帯電話番号を教えなかったのは、もしかして、私がまだ未熟な高校生であることで、その一線を超えることができないから、悲しそうな顔をしたのかもしれない。  都合の良い解釈かもしれないけれど、先生は私の想いを真摯に受け取って、こうして夜そっと家に通ってくれた。  和歌を手にして。  そう思ったら、涙もすっかり止まって、月を見上げた。  月の下にいる私は、きっと今、先生もこの月の下にいる。  どこにいても、同じ月を見ていられるのは、月が変わらずそこにあるからだ。  それは未来永劫変わらない。  ここも昔は沼地であったかもしれないけれど、先生の和歌のお陰で、月を見上げた瞬間、そこは貴族たちが隠れて逢引をしている様子が目に浮かんだ。  鈴虫の声がシンシンと響く。先生の声が頭の中で反芻し、それが屏風の中にいる私にそっと問いかけてくれているようにも思えた。  そう、私はまだ屏風の中でしか生きていない。高校生という制限がある私はまだ先生の手を掴むことはできないんだ。  でも、きっと私の想いも、月が示してくれるはず。そしていつか先生と隣同士で月を見上げたいと思う。  先生の手紙をぎゅっと手の中で抱きしめてから見上げる月は、とても穏やかに、私を見て光っているように見えた。先生には今、どんな月が見えているのだろう。 <了>
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