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残暑が終わりに近づくにつれ、台風がやってきては、空の色を変える。
少し温度も下がっていたような気がしていたけど、まだ暑い日が続いている。それでも夜になると鈴虫が鳴き、季節はしっかりと移ろい始めているのが分かる。
私は秋がやって来て、二学期に入り、また先生と同じ空間にいられるようになることが何より嬉しかった。
私、山本朱里は、放課後、古文担当の霜田先生のいる、国語の準備室に訪れていた。
「先生、今日も分からないところ、教えてください」
扉を開けると、夕焼けになる前の、黄色の日差しが、窓からさっと差して、先生の座ってるデスクを照らしていた。
霜田先生は今年で三十歳。私より一回りも上の大人の男性だ。
霜田先生は私を見つけると、「ああ」と言って、私に微笑んだ。逆光になっている先生の顔は陰を落としていて、哀愁を漂わせていた。
私は先生のデスクに近づくと、先生は立ちあがり、パイプ椅子を出してくれ、私はそこに座った。
「で、どこが分からないんだ?」
整えられたさらりとなびく黒い髪が、目にかかりそうになるのを手で押さえ、先生は私のノートを覗く。
私は、今日授業で習った古文の一文を差して先生の回答を待った。
先生は綺麗だった。男性なのに、どこか艶やかで、ゆっくりと話す癖も、奥ゆかしさを感じさせる。生徒にも人気のある先生だ。私は苦手だった古文も、霜田先生になってからは、こうやって、準備室に押しかけては、秘密の授業を受けるようになった。
これは私だけの大切な時間。
先生の吐息がかかりそうな位置を頑なに守っていると、心臓がはち切れそうになる。それがまたときめいて私を離さない。
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