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私は、ノートをベッドに置くと、また外を見た。
月は変わらずそこにあった。
二階建ての家の、私の部屋から見える、他の家も、まだ夜の十時を回る前だからか、どこの家も電気の明かりが漏れていた。
そういえば、今の家に引っ越してきて、こんな話をお父さんから聞いたことがある。
この家の建っている場所は、もともと、沼地だったところらしい。
でも、今はこうして、土地があって、人々が暮らす居住区になっている。
いつの時代から、沼地から今のような土地が出来て、そこに建物が建って、人々が暮らすようになったかは分からないけど、
先生の好きな時代、平安時代にはきっと、この場所はただの沼地で、誰も住んでいなかったのだろうと思った。
先生になぜ、古文の先生になることにしたのかを聞いたことがあった。
そうしたら先生は、
「今も昔も、日本という国はここにあり続けていて、昔の人たちが作りあげてきたものが好きだから、それを多くの生徒にも感じて欲しくてなった」
と、嬉しそうに言っていたのを思い出した。
それを聞いて、私も、今まで苦手だった古文が好きになった。
……先生に会いたい。
ふと、思えばやはりそればかり。あの優しい低い声も、すうっと伸びた手も、私は触れたことがない。
先生の好きな時代の平安時代では、今とは全く違う恋愛をしていたと先生が言っていた。
男性が女性に直接会うことはなく、何度か和歌を交換して、気が合ったときに、やっと男性が屏風越しで女性と会話が出来る。
それを思い出すと、月の光とともに、鈴虫の声がまるで笛の音にも聴こえるようだった。
耳をすましていると、そのとき、私の家の門の前に誰かが立っているのが見えた。
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