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緑のハンカチで涙を拭い
「ありがとうございましたー」
お会計を終えた彼に、店員はデパート店員らしい丁寧なお辞儀をした。彼は「こちらこそ」なんて律儀に言いながら綺麗な紙袋をカウンターから取り上げた。
あれから彼は私を連れて、さっさと一階の婦人小物売り場へ行って、迷うことなくひとつのブランドのコーナーへ落ちついて、いくつか手に取った。
そしてほんの三分ほどで「これ、どう」なんて差し出してきたのだった。
それはグレーがかったグリーン、マカロンカラーと呼ばれるやわらかな色合いのものだ。そういうタオル地のハンカチだった。フチには白いレースがついている。かわいらしい一枚だった。
的確だった。
なにがって、すべてがだ。
婦人小物売り場を選んだのもそうだし(そこが一番選択肢が多いのだ)。
選んだブランドもそうだし(使ったことがないブランドではあったが、たまに目を留めるほどには気になっていたのだ)。
ハンカチ自体だって。
私の好み、ど真ん中だった。一体どうして。
いや、そりゃあストーカーだとかそういうものでないにしたら、私の今日の服、持ち物、メイク、髪……そういうものから推察したのだろうけれど、それにしたって出来過ぎではないか。
私はもう、嬉しいも通り越して、ぽぅっとするしかなかった。
これほど優しくしてもらったことはなかったゆえに。
男のひと相手には余計に、だ。
デパートのエスカレーター近く。幾つか椅子の並んでいるところで彼は私に「どうぞ」なんて、そのハンカチの入った綺麗な紙袋をくれた。
紙袋からして洒落ていた。エナメル素材の、やはりマカロンカラーのピンク色。そこへベージュのリボンが結んである。
軽い気持ちで「なにかの縁」と寄越してくるには綺麗なものすぎた。
けれど嬉しいことに変わりはない。とくとくと鼓動が速くなってくる。顔も赤くなったかもしれない。
なんと優しいひとか。
気の付くだけではない。
見た目が格好いいからだけではない。
泣いていた私を気遣って、おそらく恋愛関係でなにか嫌なことがあったのだとも知られてしまったのだろう。その悲しみに暮れていた気持ちから助けてくれたようなものだ。
「あ、ありがとう……ございます」
私は手を出して、そのピンクの袋を受け取った。ちょっと手が震える。
こんな綺麗な贈り物。
軽い紙袋なのに、あったかいものがたくさん詰まっているように感じてしまった。
「どういたしまして」
彼は「もう泣かないで」とか「元気出して」とか、そんなことは一切言わなかった。
けれど伝わってくるのだ。態度から。表情から。声から。言葉から。
そういうもので伝えてしまうのがすごい、と思う。
おまけに私に遠慮させる余地すら与えてこなかった。
スマート……という言葉でも足りない気がする。
「あの。なにかお礼を」
思わず口をついていた。本当なら、なにか貰うべきは彼のほうなのだから。
落としたハンカチを拾ってくれた。そのお礼としてなら自然ではないか。
それが、落っことしておまけに汚したものを拾ってもらった私が新しいものを買って貰えるなど。
「ん? 気にしなくていいけど……それなら緑茶でもどうかな」
「……緑茶?」
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