緑のハンカチで涙を拭い

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 何故いきなり緑茶なのか。  今から飲みに行こうということなのだろうか。  いや、それはないだろう。彼はこのあとPARCAに用があると言っていたし、上の階かどこかへ行くのだろう。  おまけにさっき居たのはカフェ。当然のようにお茶を飲んでいただろうに。 「そのハンカチみたいな綺麗な淡い緑の緑茶。出す店があるんだよ」  ああ、なるほど。  理解したけど、直後どきっとしてしまった。  まるでお誘いではないか。  いや、そのとおりなのだろうけれど。一緒に緑茶を飲みに行こうということのはずだ。 「え、あ、あの、……カフェ、とか……?」  動揺のあまりしどろもどろになってしまった。間違っていたらかなり恥ずかしいことだ。  けれどそれ以外に思いつくことなどなくて。なんとか言った。 「ああ。駅を挟んで逆のアトラにあるんだ。今日は店休日だけど」  『アトラ』も、ここと同じか少し大きめのショッピングセンターだ。  少しオシャレなお店も入っているところ。入ったことがあまりないので、そんな店舗が入っているなんて知らなかった。 「ええと……」  一瞬だけ迷った。  これはナンパといえるのかもしれない。それならホイホイついていってしまうなんて良くないことだ。  でも。  私はちょっとだけこくりと喉を鳴らした。  気持ちを切り替えたかった。  ここまでの怒涛の展開で、既に失恋のショックや悲しさなんて、希釈しすぎたカルピスのようにぼんやりしてしまっていたけれど、それでも。  場所だってショッピングセンターのお店だ。周りにはお客も店員もたくさんいるし、当たり前のようにそんなところでお茶を飲むなら真昼間だろう。なにが危ないことがあるというのか。  それなら別に、お茶くらい。 「ら、来週の木曜日なら」  一応と、予防線を張ったつもりだった。  彼は明らかに社会人である。ニートなどに見えるはずがない。  そんな彼が、明らかに無茶ぶりである平日昼間を指定されて、一体どういう反応をするのか。  しかし彼はすんなり「ああ。いいぜ」なんて言ったのだ。考える様子もなかった。  私のほうがきょとんとしてしまう。仕事をしているだろうに、どうして平日昼間に即座に頷けるのか。  私が木曜日、と言ったのは、接客業にはよくあることとして平日休みだからであるが。 「仕事だから、午後二時くらいになるけどいいか?」  やはり仕事はあるらしい。けれど午後二時なんて。アフターファイブには早すぎないだろうか。  私は内心首をひねるしかなかった。  けれどここまで即答されてしまったら、やっぱりやめますなんて言えるはずがないではないか。 「は、はい。大丈夫です」 「ん。じゃ、来週な。アトラのエントランスホールのソファで待ってるから」  気を付けて帰れよ。  それが今日の不思議な出来事のすべてだった。彼はちょっと手を振って、さっさとエスカレーターに乗って上の階へと行ってしまったのだから。  私は取り残されて、一、二分はその場でぼんやりしていただろう。  一体なにが起こったのだろうか。つい二時間前には、彼氏、いや、今となっては元カレに振られてわんわん泣いていたのに。そんなことはもうどうでもよくなってしまった。  それで、涙で落ちてしまったアイシャドウで汚したハンカチがきっかけで、こんなことになろうとは誰が予想したことか。  でも確かに私の手にはピンクの紙袋があった。新しいハンカチの入った、かわいらしい紙袋。  さっきの約束が夢でも嘘でもないことはそれがはっきり示していた。
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