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橙色の紅葉を愛でる
木曜日は晴天だった。午後一時半を少し過ぎたところなのでまだまだ太陽は高いところにある。冬が近付いているけれど、昼間はまだぽかぽかとしている日が多くて、今日はまさにそんな日だった。
午後一時半。
待ち合わせは二時だったけれど、まさか定刻に行くわけにはいかないではないか。遅刻などもってのほかであるし。
なので少し早めに着いた。
着いた、のだけど。
「お。来てくれたんだ」
彼は既にエントランスのソファに腰かけていた。私は驚いてしまう。時間を間違えたのかと、思わず時計を探してしまったくらいだ。エントランスにかけてあった時計はしっかり、午後の一時四十分を指していたけれど。
「う、うん。ごめんなさい、待たせちゃっ……」
謝ろうとした私の言葉は制された。
「や、仕事を早く抜けられたもんでね。じゃ、行こうか」
彼はそれも仕事のなにかなのだろうか、膝の上でなにやら使っていたタブレットを、フラットなポーチだかバッグだかに入れて小脇に抱えた。
荷物はそれっぽっちだった。仕事後らしいというのに。不思議なことだ。
それでアトラの最上階まで上がって、彼おすすめらしい緑茶のおいしい和カフェへと向かったのだった。
「すごく綺麗だね」
運ばれてきた緑茶とお茶請けの和菓子のセットを見て、私は感嘆してしまった。ほうっと息が出る。
敬語はいらないよ、俺も普通に話すから。
そんなふうに言われて、私はお言葉に甘えることにした。
今更ながら名前を名乗り合って、年齢も聞いた。彼は私の二歳上だという。しかし私より随分大人であるように感じてしまった。
「そうだろ。秋の限定味なんだけどさ」
オーダーしたのは秋限定の『紅葉狩り』という名前のセット。
緑茶は大きな丸みを帯びた、半球のようなお湯呑みに入れられていた。抹茶でも飲むようなものだけど、色はまったく違う。
黄色を帯びた緑……あのとき、初めて会った日に貰ったハンカチに少し似ている色だ。そのハンカチは、今日、ちゃんとバッグに入っていた。
「これ、あられ?」
ホットの緑茶には、白やオレンジ、黄色の小さくて丸いものがぱらぱらと散っていた。梅昆布茶とかによく入っているようなやつだ。
日本茶には定番なのでただの確認のようなセリフだったけれど、彼はそのまま頷いてくれた。
「そうだろうな。流石、紅葉狩りセット。オレンジ色なんてなかなかないだろうに」
「そうだね。まだ緑の残った木に、紅葉が色づきはじめてるみたいだね」
私の言葉には、ふっと微笑まれた。
「風流だなぁ」
そんなふうに言われるので、私は一気に恥ずかしくなってしまった。心臓がとくとくと速くなってしまう。こんな格好をつけたようなことを。
「えっ。……そ、そんなことは」
「いいや。綺麗なものを綺麗な言葉で表せるのはすごいことだぜ」
なのに彼は私の言葉も、言ったことも肯定してくれて、それどころか褒めてくれた。
非常にくすぐったい気持ちになりながら、私は小さな声で、ありがとう、と言った。
ひとくちお茶をすすれば、ほっとするようなあたたかさがお腹の中に広がった。一粒口に入ったあられの、かりっとした食感も心地いい。
合間にしたのはなんでもない話だった。
お互いの仕事の話とか。
どういう趣味があるかとか。
なんとなくナンパではないだろうと、彼の物言いや状況(ナンパ後、初の行き先が真昼間のショッピングセンターのカフェなどであるものか)から感じられていたのだけど、実際そのとおりであるような雰囲気しか感じられなかった。
単に、たとえば仕事関係で知り合った相手と、少し気が合うと感じてお茶でもひとつ、なんてやるような軽いもののような気がする。
彼が一体なにを考えて、今、ここにいるかはわからないけれど、はっきりしているのは、私はこのお茶の時間をとても楽しいと感じてしまっていることだった。
「アパレルね。道理でオシャレなはずだ」
「えっ、そ、そんなことないよ。今日の服は仕事用じゃないし、……あ」
言いかけて気がついた。これはまるでひけらかすよう。
「じゃ、なおさら普段のセンスがいいんだな」
そんなことすら引き出してきてしまうのだ。彼の巧みな話術は。
そしてそれは、ちょっと恥ずかしくあるけれど嫌ではない。それどころか嬉しい。
そういうふうに話を振ってくれることが。
彼は自分の仕事の話もしてくれた。
「編集なんだ。女性誌の……『Most』ってのだけど、アパレルさんなら当然……」
度肝を抜かれた。当然、どころではない。
「知ってるよ! えっ、そんな有名な……」
彼は私が驚いて、また感心したのをわかってくれたのだろう。ふっと微笑む。
それは今までとは少し違う、悪戯っぽいような、褒められた子供のような、自慢げともいえそうなちょっとかわいらしい笑い方だった。
「さんきゅ。不況の中だけど、売り上げとかも安定してるしな。会社もホワイトだしね。今日もリモート使ってさっきあがってきたとこ」
はぁー、と私はため息をついてしまった。ここまでのことがすべて種明かしされたのだ。わかってみれば、まったく不自然ではないことだった。
しかしそれをスマートにこなし、自由に動けてしまうのはやはり彼の才能というか、能力なのだろう。
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