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お茶はゆっくり減っていった。お茶菓子もとてもおいしかった。
中にあんこの詰まった、見た目は紅葉饅頭のようなお菓子だ。市販品には到底見えなかったけれど。甘さが控えめで、ほんのり苦い緑茶によく合った。
いつのまにか、二時間弱も経っていたようだ。一度、緑茶のおかわりをついでもらったくらい時間が経っていたのに、話が楽しすぎてまったく意識しなかった。
そのように『紅葉狩り』も堪能したところで彼は言った。
「そろそろ夕方に差し掛かるけど、今日時間ある?」
えっ、と思った。
今日、時間ある?
そんな台詞で現実に戻された気がしたのだ。
お茶をしたあとに、『時間ある?』といえば、なにか……なんというか……デートとか……そういうものを連想させてしまったので。
そしてこれがそういうものでないと思ってしまってはいたけれど、ナンパのたぐいであったなら、まぁ、その……行く場所はあるだろう。子供ではないのだから。
けれど彼は、私に「時間ある?」と聞いてきたわりには私の返事を待つことなく、誘い先を口にした。
「せっかく紅葉のお茶を飲んだんだ。帰り、適当なとこまで送るけど、ついでに紅葉、見てかないか」
紅葉を?
見に行く?
きょとんとしてしまった。
彼とのやりとりでは驚かされてばかりだと思う。しかもそれは悪い意味での驚きではないのだ。
意外な言葉や誘いをかけられるけれど、すぐに、理解できればすぐに、ほわっと心が喜んでしまうような驚き……サプライズといったらいいだろうか。そういうたぐいのもの。
私のことを風流だと言ったけれど、彼のほうがよっぽど風流ではないか。
私が『ナンパかもしれない』と、ちらっと思ったような出会いだったとは思えないようなことを。
紅葉狩りなんて。
でもなんだかおかしくなった。
このひとは素敵だ、と思った。
優しくて、格好良くて、話し上手で、聞き上手で。
そんな、ひととして惹かれる要素はたっぷりある。
もう少し、仲良くなってみたい。
「うん、行ってみたい」
そう答えた私はもう、既にそこで彼にだいぶ心が近付いてしまっていたようなのである。
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