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「お前さ、最近彼女できたらしいじゃん。羨ましいぜ」
同期の久保田が、タバコに火を点けながら私に言った。
ここは、オフィスの喫煙室。
嫌煙ブームだか健康増進だか何だか知らないが、昨今は喫煙所を撤去する企業が増えてきているらしい。
我々愛煙家にとっては、是が非でも守り抜かなければならない、最後の砦だ。
「うん、まあね……」
久保田に倣い、私もタバコに火を点けた。
ニコチンが肺を満たしても、私の心までは満たされなかった。
なぜならーー。
「どうした? 浮かない顔だな。何かあったか?」
「その彼女なんだけどさ、まだ付き合って一週間なのに、遠距離恋愛になっちゃったんだよ」
恋愛とは、基本的に付き合い初めが、一番楽しく、ドキドキするものだ。
相手と同じ時間を過ごすことで、
少しずつ相手のことを互いに知っていく。
少しずつ距離を縮めていくーー。
恋を愛へと育てていく過程こそが、恋愛の醍醐味だと思うのだ。
「どうして、遠距離になっちまったんだ?」
「実家のお母さんの調子が悪いらしいんだ」
「そりゃ、しょうがないな。帰らないでくれとは言えないな」
「だよな~」
「で、彼女の実家はどこなんだ?
北海道か? それとも沖縄か?」
「中国」
「中国地方ってことか? 広島とか島根とかがあるーー」
「違う。中華人民共和国のことだ」
「マジかよ」
「マジだ」
「でもよ、今はネット社会じゃん。SNSとか、テレビ電話とかあるしーー」
「それがダメなんだ」
「どうして?」
「彼女、けっこうな農村部の出身らしくてさ、ネット環境が整ってないんだ。電波もなければ、固定電話すらないらしい」
「まるで陸の孤島だな。ユーラシア大陸にあるくせに、孤島とはこれいかに」
「つまんねぇこと言ってんじゃねぇよ」
「わりぃ、わりぃ。でもよ、その場合連絡を取ろうとしたら、手紙しかないんじゃねーの? さすがに住所はあるんだろ?」
「久保田の言う通り、手紙を書くしかなさそうだよなぁ」
「ところで、その彼女、日本語は読めるのか? もしくはお前、中国語を書けるのか?」
「彼女、簡単な日本語なら読み書きできるさ。こっちは、『ニーハオ』と『シェイシェイ』ぐらいしか分かんないけどね」
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