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いつか王子様が
私、あの人のこと王子様だと思ったんですよ。馬鹿みたいでしょう? 一目惚れでした。恋が叶って、おまけに結婚まで出来るなんて、夢みたいだった。この人の為なら何でもするって誓いました••••••」
メイは私とは違って、亡くなった夫のことはあまり触れたがらない。けれど、仕事の後にリラックスして飲むワインが、美味しく進む夜などには、ポツリポツリと語ってくれたわ。
「だから、あの人にそっくりなキアラを見ていると、あの頃の気持ちを思い出してドキドキすることがあります」
私はメイの死んだ夫を知らないし、写真すら見たことないから分からないけれど、キアラと似ているなら相当な美形だったのだと思うわ。
でも「王子様」はともかく、「綺麗」って、男性を表すには変だと思ったわ。「カッコいい」とか「ハンサム」じゃなくて、「綺麗」ねえ••••••?
メイがこの国に初めて来たのは、彼女が大学生の頃、留学生として渡英したのだけど、きっかけの一つとなったのが、母親の死だった。
両親はメイがまだ幼い頃に離婚した。金銭面でのサポートは、成人するまでしてくれたものの、別れたきり一度も会うことのなかった父親で、メイは顔さえ覚えていないのだと言う。
「母が亡くなった時でさえも、会いに来るどころか、電話一つなかったわけですから。その時は相当恨みましたけど、まさか死んだ後に助けて貰うことになるとは思いませんでしたね」
と、メイは苦笑いしたけれど、その表情はさっぱりしていて、自分を捨てた父親への恨みは、もうどこにも残っていないようだった。同時に、肉親を失った悲しみなどもない。無理もないことよね。
「父親はともかく、お母さんの兄弟とかご両親とか、誰でもいいから親戚はいなかったの?」
「残念ながら、母も一人っ子で、祖父母は私が産まれる前に亡くなっているんですよ。本当、運が悪いでしょう?」
メイは冗談めかして笑ったわ。
「でも、運が全くないと言う訳ではないでしょう? この村であなたは、もうファミリーも同然の友達を大勢作ることが出来たじゃない。それはそれで大切なことじゃなくって?」
話しをしているうちに思い出したの。私も天涯孤独なの。両親はとっくの昔に亡くなっているし、それぞれ兄弟もなかった。親戚は居るかも知れないけど、付き合いはないから居ないのと同じね。
メイのように子供は居ないし、これから出来ることは絶対ないし、おまけに未亡人で、人生の折り返し地点は通り過ぎてしまったわ。
「昔は自分の境遇を嘆いていたけど、今はもうそんな気持ちはないんですよ。不思議と。••••••キアラも居るし、この村で家族みたいなお友達も出来た。だから、もういいんです」
気づかないうちに力を込めていた私の握り拳に、メイはそっと自分の手を重ねた。
「私も、一人目の亭主はろくでなしで、二人目の最愛の夫は、私を置いて死んじゃったけれど、でも不幸じゃないわね。毎日わりと楽しいわ」
「••••••私も、キアラを授かったことだけでなく、結婚したことは後悔していない。殺しちゃったけど。でも、もしもう一度チャンスが与えられても、私はルシアンと結婚すると思います。好きだったんですよ、すごく」
ワインが程よく回り、とろんと重たい目つきになったメイは、いつもより饒舌だった。酔っ払って本音が零れたというよりは、いつか誰かに聞いて欲しかった本音だと思ったわ。
上手に一緒に生きて行くことが出来ない相手だったの。でも愛していたの、誰よりも。もうこれから先、これ以上誰かを愛せる気がしないくらい。
そして今でも愛している。
まるで呪いね。
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