4人が本棚に入れています
本棚に追加
/30ページ
今日のスラウデン村
その日の六ペンス亭は、ミスター•ハッピーと長男のバーティの親子喧嘩の話題で賑わっていた。この村で一番旬なゴシップと言う訳。
この村のこんな下世話さに、たまにうんざりする。まあ、おかげでグレイスの事件が目立たなかったのは良かったわ。彼女が入院していることは、殆ど誰も知らないし、連絡の着いた夫のジムは、今こっちに戻って来ている途中。サリー? さあ、どうしたかしらね?
ハッピー親子の喧嘩の原因は、当然レイチェルの妊娠のこと。お腹の子の父親の名が、とうとうミスターの耳に届いてしまったのね。
休日の真っ昼間、村の目抜き通りでのことで、目撃者は多かったみたいよ。派手な喧嘩だったのは確かだけど、ハッピー氏が中華包丁を片手に息子を追いかけ回した、とか、バーティが掴み掛かる父親を背負い投げした、とか、えらく大仰になっているわ。だれかがどこかで大きく盛っているのは間違いないわね。
今夜の店番のライラも、目撃者の一人で、大袈裟な身振りで、その時の様子を語った。
「ミセス•ハッピーは、バーティのことを聞かされて、その場で気を失ってしまったそうよ」
「自慢の一人息子だからな。無理もないな」
「まさか、あのバーティがねえ••••••」
と六ペンス亭の常連客達は、概ねバーティに好意的だった。
ミスター•ハッピーは、真相を求めて息子に詰寄った。彼もやっぱり、半信半疑だったのだと思うわ。私もよ。
バーティが真面目な優等生で、レイチェルがお尻の軽いかわい子ちゃんだからって訳じゃないのよ。
レイチェルは子供の頃からバーティが大好きで、恋人同士になって子供まで出来たのなら、どうしてちっとも幸せそうじゃないの? バーティもどうしてコソコソしているの? 隠したってすぐバレることじゃない、特にこの村ではね。そんなことが分からない馬鹿じゃないでしょう。
父親に責められてもバーティは、
「今は何も話せないから」
と頑な態度だった。でも後々必ず説明する。だから今は放っておいて欲しいと。
勿論、こんなセンシティブな話し合いが、最初から大通りの真ん中で行われたわけじゃないわ。家で家族会議をしていたのだけど、話し合いがヒートアップしてしまって、家を飛び出したバーティをミスターが追いかけて、人目も憚らない怒鳴り合いになり、掴み掛かり••••••、といった訳らしいわ。
「それで結局、ミスター•ハッピーとバーティはどうなったの?」
メイが心配そうに聞いたわ。
「バーティは友達に匿われて、そのまま隣町に逃亡したから大丈夫よ。かすり傷一つついちゃいなかったわ」
とライラは陽気に笑った。
「ミスター•ハッピーは? まさか警察沙汰になっちゃいないわよね?」
「あー、実は警察来ちゃったのよ。余所者が通報しちゃったみたいでね」
「え!」
「ええ! 大変!」
ちなみにライラが使った「余所者」という言葉は、「村の住民でない人」のことね。内情も知らないくせにしゃしゃり出て来た厄介者、という意味合いを強く含んでいるわ。
「大丈夫。パトカーが到着する前に、ミセス•ハッピーとコーデリアに取り押さえられて、引っ立てて行かれたから」
「まあ、素晴らしいわね」
私は変なところで感心してしまったわ。息子の不祥事に人事不省に陥る嫋やかなレディかと思いきや、半狂乱の夫を取り押さえるような逞しさも持ち合わせているのね、ハッピー夫人は。
「あなた方の出番は全くなかったというわけね。でも大事にならなくて良かったこと」
と、私はひとまず息をついたのだけど。
「それがねえ、この騒動のせいだろうけど、今度はレイチェルが家出しちゃったわ。誰にも行き先を言わないで」
「ええ! どうして? お腹も大きくなっているっていうのに、どこに行ったのよ?」
「だから、マリオンもアリスターも知らないの。今、バーティが必死で捜しているけどね」
「どうして、そんな無茶を••••••!」
「多分、ハッピー家の騒動を聞いて、これ以上バーティに迷惑かけたくなかったのよ」
と、ライラは自信たっぷりに言ったけれど、私は釈然としなかった。
「でも、レイチェルのお腹の赤ちゃんのお父さんは、バーティなのでしょう? 迷惑も何も、彼にも責任があるじゃないですか」
メイも又、私と同じように訝しく思っているようだった。
「だから、あの子って見た目に寄らず純真なところがあるのよ。そんなだから、子供の頃からずっと同じ男の子を好きでいられたりするんじゃない?」
「今頃、どうしているのかしら••••••」
大きなお腹を抱えて、ひとりぼっちで村を出て行ったレイチェルを思うと、涙が出そうだった。
今頃、屋根のある、暖かい場所に居てくれたいい。そして誰か心を許せる人が側に着いていてくれたなら。ああ、何ならうちに来てくれれば良かったのに!
「ねえ、ジョルジオ•パルマーの話しは聞いた?」
すっかりしょげてしまった私の気を引き立たせようとか、ライラは殊更明るく、無理矢理話題を変えた。
私はジョルジオ•パルマーに興味はないけれど、気を使ってくれるライラの手前、一応聞き返した。
「いいえ。何の話しかしら?」
「彼、イタリアで又結婚して、奥さんを連れて村に帰って来たよ!」
「ええー!」
さすがに私もビックリして、メイと目を見合わせた。
「メイ、あなた知っていた?」
「いいえ、ちっとも」
とメイも驚いていたけれど、心なしか嬉しそうだったわ。
イタリアで結婚したけれど、どうやら奥さんはイタリア人ではないみたい、と言う話しだった。若くはないけれど、落ち着いた雰囲気の小柄な美人らしいわ。
まあ後は、続報を待つってところかしら。
最初のコメントを投稿しよう!