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レイチェル、あなたはどこに行ってしまったの?
レイチェルの家出に心を痛めて、パルマー氏の電撃結婚に驚いて、私はいつもより早めに六ペンス亭を出て、家に向かった。明日は急ぎではないとは言え、少しは進めておいた方がいい仕事もあることだしね。
日は暮れたけれど、風はまだ暖かく、穏やかな波を眺めながらゆっくり歩いていると、
「ルース! 待って下さい」
小走りでセシルが追いかけて来た。
「あら、こんばんは」
「今六ペンスに行ったら、ちょうど帰ったところだって聞いて」
「私を捜していたの?」
仕事は一応スケジュール通りに進んでいるし、税理士に小切手も送ったわよね? と、頭の中で確認してみたけれど、思い当たることは特になかった。
「ええ。お願いがあって」
セシルはひどく真面目な顔で、私はつられて居住まいを正した。
「何かしら? 私に出来ることなら」
彼はそっと、夜目にも白い封筒を差し出した。
「これ、バーティに渡して上げてくれますか? 僕からだってことは伏せて。レイチェルが滞在している友達の家の住所です」
「ええ! どうしたの、これ?」
今夜はビックリさせられることばかりね。過去の経緯から考えても、セシルとレイチェルがそんな仲良しさんになったとは、考えにくいのですけどね。
「彼女からアリスターに、電話がありました。彼にだけ居場所を教えたけれど、誰にも言うなって。特にバーティとマリオンにはって、きつく口止めしていました」
「マリオンにも? どうして? あれでも母親なんだから、今頃気が狂わんばかりに心配しているでしょうに!」
「••••••あの母娘って、すごく似た者同士ですよね」
セシルは薄い美しい唇を歪めて笑った。
「あれだけないがしろにされているのに、夫に執着することを止めないで、アル中にまでなったのに。そんな母親を娘は軽蔑しきっている。でも父親のことは大好きなんですよ。いいえ、父親に愛着すればするほど、母親が嫌いになったんでしょうね。僕に突っかかってきたのだって、母親を思ってのことじゃなかった。最近、やっと分かりましたよ」
乾いた声で淡々と、まるで他人事のように、ええ、実際他人なのでしょうけれどね! それでもそんなセシルに、私は少なからずムカついたわ!
「でも、あなただってお仲間じゃない。アリスター大好きクラブの、立派な会員だわ。あなたもマリオンもレイチェルも、あのつまらない男が好きでたまらなくて、息さえ出来ないじゃない」
腹を立てているせいで、私はついキツいことを言ったわ。本当はもっともっと言い足りなかった。でもこれ以上はだめなのよね。分かっているわ。私だって、一応大人の分別は持っているつもり。これ以上押したら壊してしまう、この臨界点くらい分かるわよ。
でも言ってやりたかったわ。
どんなにあなた達が、競って愛を捧げたって、あの男は誰も愛さない。自分以外を愛したりしないわよ。
そう言って詰ってやりたかった。
「分かっています。だから、もう止めます」
セシルは静かに言って、封筒を私に押し付けた。
「僕、あなたに言いましたよね。今度こそ別れるって。この住所、彼から直接聞いた訳じゃありません。電話をしているのをたまたま聞いて、後で彼の手帳から、こっそり書き写しました。••••••もう、彼には会いません」
「そう••••••。これ、近いうちにバーティに渡すわね。勿論、あなたから貰ったなんて言わないから」
私は封筒を受け取った。
「ありがとう、ルース。••••••ねえ、偽善者っぽいけど、僕はレイチェルには、幸せになって欲しいですよ、心から」
「ええ、分かっていてよ」
私もね、あなたには幸せになって欲しいと思っているのよ。本当よ。
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