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「頑張れよ」
歩き始めた背中に向かって声を掛けたら、奴は振り返った。
ちょっとびっくりしたように目を見開いている。
「ってノアールが言ってる」
「うん、頑張ってくるね」
手を振って前を向いて歩き出した背中を、ノアールと一緒にしばらく見送ってしまった。
幸い雪はすぐ止んだ。
その後いつも通り会社に行って夜帰宅すると、貸した傘が戻っていた。
メモ用紙が貼ってある。
『どうもありがとう。ちなみに忘れた方の傘はマコさんに探してきて貰いました。 慧治』
ケイジってこんな難しい字書くんだ。
彗星の彗に心か。どんな意味だか調べてやろう……あった、これだ。
慧(読み)ケイ
1.気がきいて賢い。さとい。「慧眼・慧敏/聡慧・敏慧」
2.さとい。「智慧」仏教で真理を明らかに知る力。「慧眼/戒定慧」
それを治めると書いて慧治か。たいそうな名前だな。
テストの時名前書くの面倒くさそうだけど、書き慣れてるっていうか達筆だな。どんだけ長所あるんだ、あいつ。
どうせ大学も合格するんだろって思ってたら、翌月マコさんから報告を受けた。
「昨日合格発表があって、慧治受かったって。アランにも直接報告したいってしばらく待ってたんだけど、遅くなったから帰しちゃった。今日ぐらいの時間だったら良かったのにね」
「そうだったんですか。まあ受かって良かったですね」
うん? 待てよ、受かったってことは……
「大学近いから春からここに頻繁に出入りするってことですか?」
「ああ、1年生のキャンパスは別の場所にあるみたいよ」
じゃあ安心だ。そう思っただけで、学年が進めば近所のキャンパスに通うようになるってことまでは、その時には考えなかった。
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