1.猫を愛する男と猫に愛される男

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「頑張れよ」 歩き始めた背中に向かって声を掛けたら、奴は振り返った。 ちょっとびっくりしたように目を見開いている。 「ってノアールが言ってる」 「うん、頑張ってくるね」 手を振って前を向いて歩き出した背中を、ノアールと一緒にしばらく見送ってしまった。 幸い雪はすぐ止んだ。 その後いつも通り会社に行って夜帰宅すると、貸した傘が戻っていた。 メモ用紙が貼ってある。 『どうもありがとう。ちなみに忘れた方の傘はマコさんに探してきて貰いました。 慧治』 ケイジってこんな難しい字書くんだ。 彗星の彗に心か。どんな意味だか調べてやろう……あった、これだ。 慧(読み)ケイ 1.気がきいて賢い。さとい。「慧眼・慧敏/聡慧・敏慧」 2.さとい。「智慧」仏教で真理を明らかに知る力。「慧眼/戒定慧」 それを治めると書いて慧治か。たいそうな名前だな。 テストの時名前書くの面倒くさそうだけど、書き慣れてるっていうか達筆だな。どんだけ長所あるんだ、あいつ。 どうせ大学も合格するんだろって思ってたら、翌月マコさんから報告を受けた。 「昨日合格発表があって、慧治(けいじ)受かったって。アランにも直接報告したいってしばらく待ってたんだけど、遅くなったから帰しちゃった。今日ぐらいの時間だったら良かったのにね」 「そうだったんですか。まあ受かって良かったですね」 うん? 待てよ、受かったってことは…… 「大学近いから春からここに頻繁に出入りするってことですか?」 「ああ、1年生のキャンパスは別の場所にあるみたいよ」 じゃあ安心だ。そう思っただけで、学年が進めば近所のキャンパスに通うようになるってことまでは、その時には考えなかった。
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