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ここに来るのは2度目だし、会ったとすればあの男しかいない。訳のわからないことを言って絡んできたオッサン。慧治に会う直前に出会った男。
こんな顔だったかと思って見詰めてみたが、そもそも顔なんてよく見なかったし覚えてない。
でもあの時より見栄えがいい気がする。
服装のせいかもしれない。あの時どんな服だったかも覚えていないけれど、今日の彼はスーツを着ている。暗くてよくわからないけど、黒かな。
でもネクタイは黒じゃない。白だ。それをぼんやり見ていると、男が語り始めた。
「俺さ、今日結婚式に出席してきた。惚れた男の結婚式。なんで金まで払って行かなきゃならないんだって思ったけど、断れなくてね」
惚れた……男? 今、男って言ったよな。
ハッとして顔を見ると、彼は静かに微笑んでいた。
「君も何か辛いことがあったんだろ? なあ、今夜だけでいいからさ、仮初めに慰め合わない?」
雨音が強くなってきた。
彼は傘を持っていて、俺は持っていなかった。
一度傘の下に入ったら、濡れた体が震えているのがわかってしまって、もう一度濡れるのが怖かった。
それに濡れて帰ったらびっくりされるだろ? 面倒なやり取りは嫌いだ。
びっくりされなかったら、それはそれで寂しいし。
あー、面倒くさい。何もかも。
だから俺は――
今夜は優しいオッサン――いや、お兄さんについて行ってしまった。
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