赤い髪の男の子(イチゴ)

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赤い髪の男の子(イチゴ)

一人で暮らす部屋は自分の好きな物だけを詰め込んだ。少しずつ時間をかけてだけど。 部屋の中にいるときには愛想笑いも必要ない。 自分だけに優しくしていい空間。 だから私は自分の部屋に入ると同時に堪えていた分、涙を溢れさせ声をあげて泣いた。 学生時代から付き合っていた彼氏とはお互いに仕事が落ち着いたら結婚しようと約束していた。 口約束ではあったけどお互いの家族には紹介していて、そろそろ結婚しようかなんてつい最近まで話をしていたのに私は今日、彼と別れた。 理由は彼の浮気。どうやら彼は自分の部下になる新入社員女子に手を出していたらしい。 それでも心から謝ってくれるなら許したかった。 そうしようと思っていた。 なのに。 「何が男の甲斐性だ!お前の節操のなさを棚上げすんなー!!」 なんてバカなんだろう。 あんな男と付き合って結婚しようと本気で思っていた自分に呆れるしかない。 大笑いだ。 笑うしかない。 「はは……っ、何で…」 笑えなくて、酷い痛みでどうにかなりそうな自分が悔しい。こんなにあんな男が好きだったのかと悔しくて悲しくて泣けてくる。 その時、不意に風を感じて顔を上げると何故かベランダに続く窓が全開になっていてカーテンが揺れる。 ベランダには私が一人暮らしを始めた頃から育てているイチゴが置いてあって今は実をつける時期ではないはずなのに赤い実が見えて不思議に思う。 今朝見た時にはなかったはずなのに、と。 グスリと鼻を啜りながらベランダに向かうと赤いイチゴがやわらかく光はじめて、そして気づくと目の前にはイチゴみたいな赤い髪をした男の子が立っていた。 驚いて声もあげられず動くことも出来ない私に、 男の子は何故か不機嫌そうに顔を歪め、私の顔にグリグリと自分の手を押し付けてくる。 何?!何がしたいのこの子! ていうか痛い! 「あんなクソヤローのせいで泣いてんじゃねぇよっ」 そう言ってまた私の顔にぐいぐい手の平おしつけてきて、よく解らないままにこの子が自分を慰めようとしているのだと気づいた。 もう少し優しいやり方ないのかな? だけど乱暴だけど、この子があんまり心配そうに、必死な顔で私の涙を止めようとしているのに、 逆に涙が出てきてしまった私に男の子は慌てていて申し訳なく思ってしまう。 「お、おいっ…大丈夫か?!」 違うんだ。今は悲しくて泣いてるわけじゃない。 弱ってる時に予想外に優しくされて、いつも以上に身に染みてしまったせいだ。 「大丈…夫…、ありがとう」 何とか涙を堪えてお礼を伝える。 すると男の子はすごく嬉しそうに笑って、 でもすぐに顔をしかめ面に戻して何故か舌打ちされた。 「それで君は誰?どこからきたの? まさか外からベランダに入ってきたわけじゃないよね?」 落ち着いて質問してみたけど確実に不審者だ。 でも何でか警戒する気になれないんだよね…。 「俺はイチゴだ。あんたが世話して育ててくれてるだろ」 男の子の答えに私は額を押さえた。 いやいやいや…そんな話誰が信じると思う? 私はれっきとした社会人で会社では後輩もいる年齢だし自分なりに仕事こなして自活して生きている大人ですよ? そんな空想話を真に受けるわけがない。 どう考えても無理。即座に通報案件でしょこれ! 「俺はあんたのことは何でも知ってる。 あんたが俺に全部、話してくれたから」 確かにイチゴにはよく話しかけていた。 あ、寂しい一人暮らしの女みたいな目で見るのは止めてください。 「あんたがイチゴ好きで一人暮らししたら育てようって楽しみにしていたことも初めてできたイチゴ食べて酸っぱさに涙目になったのも、 会社で色々あって落ち込んでた時も…あの男と一緒にいて幸せそうにしていたのも」 男の子の言葉にこの部屋で彼と過ごした記憶が出てきそうになったけど、それよりも早く手を握りしめられて真剣な男の子の顔に目を奪われた。 「俺はあんたがいなきゃ、ここにいないんだ。 だからあんなクソヤローのせいで傷ついて泣いて欲しくない。その為ならなんだってする」 止まっていたはずの涙がまた溢れ出す。 今度は鼻水まで出てくる号泣なのに、男の子は構わずにまた手の平でグリグリしてくる。 待って鼻水はダメだ。 今までもイチゴにたくさん話してきたように、 今日は私のイチゴらしいこの男の子に話を聞いてもらおう。 いい年した大人だけど今だけは少し甘えて。 何だかこの子にはそれが許される気がした。 「ね、…話、きいてくれる?」 「…しかたねーからな」 素直なんだか違うのかよく解らない子だな。 男の子はまだ泣き止まない私に焦れたのか、 今度は私の顔ごと自分の胸に押し潰した。 「とにかく泣き止め、あんたの涙はみたくない」 いや、これはたから見たら抱き合ってるだけなんだけど! 涙どころか鼻水までついてるけど自業自得だからね? 私のせいじゃない。 とにかく男の子は私が泣き止むまで離す気はないらしいので、されるままになってみる。 腕の中は心地よくて、甘酸っぱい大好きなイチゴの香りに包まれて私は知らないうちに眠ってしまった。
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