ある冒険者の遺言状

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「みなさま。お忙しい中お集まり下さり、ありがとうございます」  染み一つない純白のエプロンをつけたまだ年若いメイドが深々と頭を下げた。目の前には三人の人物が並んで座っている。  ここは宿の一室。安宿で、マットの薄い寝台があるだけだ。 「手短に済ませてくれよ」  右の椅子に座る恰幅のいい中年男性がグラスに酒を注いだ。その指には大きな宝石の指輪がはめられている。彼は長男のエリオット。 「私は子供たちを亭主に任せてここに来ているの。さっさと要件をすまして頂戴」  早口でしゃべる中央にいるのは髪を乱雑に一つにまとめた女性。彼女はトントンと足で床を踏み鳴らしている。長女のマリアンヌだ。 「まぁまぁ、そう急くなって。こうやって兄弟三人揃うなんて初めてだろう?」  そう言って髪をかき上げたのは、声色も顔つきも麗しい美青年だ。部屋にいる四人の中で一人だけ口元に笑みを浮かべている。三人の中では一番若い次男のオスカーだ。 「兄弟? はっ、何が兄弟だ。全員、異母兄弟じゃないか。兄弟などと思ったことはない。こんな手紙がこなければ、こうして会うこともなかった」  エリオットは酒をあおる。既にシラフではないだろう。エリオットのいら立ちが伝播したかのようにマリアンヌはますます口早になる。 「そうね。三つの町に一人ずつ子供をこさえているなんて。改めて考えてみるとろくでもない父親だったわ」 「でも、僕らは十歳以上、年が離れているじゃないか。それぞれの母親を愛した証拠だよ。それにこうして連絡をくれたしね」  三人の手元には同じ鹿のマークの封蝋が押されている一通の手紙があった。それはメイドのカリーナが三人の居所を何とか調べ上げ、ここに集まるように出した招集状だった。 「それで何十年ぶりかに会うはずの親父は?」  エリオットの下から睨みつけるような視線に臆することもなく、無表情のままカリーナは淡白に言う。 「亡くなりました」  三人が同時に五秒ほど固まった。
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