青春

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青春

 私の人生は両親と共に爆発したのだと思う。  黒い塊が今でも頭から離れない。  日に焼けた葉っぱが落ちる季節は、嫌いだった。 「せーつな!」  背後から抱きしめられて、さっきまで言うことを利かなかったほっぺが自然と持ち上がった。  口元を隠しながら振り返ると、ちょっぴり背伸びした恋人が、季節外れなひまわりのように笑んだ。 「おはよ」 「せっかくの大学祭なのにテンション変わんないなあ、刹那(せつな)は」 「流星(りゅうせい)がおかしいの!」  そのおかしさは流星の手元の絆創膏がすぐに教えてくれる。  どうせ後輩の手伝いでもしていたんだろうね。 「だって最後の大学祭だろ? 楽しみたいじゃん!」 「楽しみたい? じゃあせっかくだし行こっか」 「え? どこどこ!」  彼の手を引くと太陽に照らされた小指のペアリングが光った。  彼が気付かないうちに行かないと。 「あ! 流星。目閉じて」 「えー? ここでぇ? またバカップルって噂されんじゃ~ん! えへへ」 「はいはい」  キスされるとでも思っているのかな、このおバカは。  まあ好都合なので、そのまま血みどろの看板が付けられた教室に入った。 「はい! 目開けていいよ」 「いや、待って待って。なんか悲鳴聞こえるしまだキスしてない」 「大丈夫大丈夫!」 「ほ~ん~だ~せ~んぱ~い……」  流星の瞼を強引に持ち上げた瞬間、背後から聞きなれた声がして、流星の叫び声が響き渡った。 「ギャアアア!」  自ら目をひん剥いて失神した恋人を、ゾンビ役の後輩と引きずりながら入り口から出る。 「やっぱ駄目だったっすねえ」 「こりゃ去年がだいぶトラウマかなあ。ごめんね多田(ただ)くん」 「いや、本田(ほんだ)先輩の怖がりが異常なんすよ。神木(かみき)先輩悪くないっす!」 「ありがと。私だけでも見て回ろうかなあ」 「えっ、いや、神木先輩には物足りないんじゃ」 「アハハお化け屋敷に物足りないも何もないでしょ」  なんて言いながら流星を廊下に放置して再び教室に入った。  5分で出てくると、涙目の多田くんが立っている。 「ほら、先輩には物足りないじゃないっすか……」 「え? 面白かったよ。予想的中すると楽しいよねえ」 「そういう楽しみ方する人初めて見たっす……」  そうかなと返そうとしたら、教室からゾンビが出てきて、多田くんは強引に連れ戻された。  中から「神木先輩は一人で入れるなよ!」とか聞こえる。 「刹那ぁ……ひでぇよ……だまし打ちかよぉ」  泣きながら目を覚ました流星に謝りながら、一緒に中庭に向かっていると、流星の友人達とすれ違う。  彼は人気者だから、彼と付き合ってる私も色んな知り合いができた。 「さすがベストカップル優勝ペア~!」  からかってくる人たちに苦笑で返していると、流星が私の肩を抱きながら「いいだろー!」とキスをした。 「出たバカップル」 「バカは流星だけだから」 「それはあるなあ」 「なんだとー!」  去年の大学祭でベストカップル賞を取ってから、こんな冷やかしは増えたけど、おかげでどんなにくっついてても許されているような安心感もあった。 「今日の服、可愛いね」  流星が私の手を取って目の前に立つ。  やっと気づいてくれた。  新しい白のニットワンピース。 「刹那はタイトなのも似合うな!」 「いつもは広がるスカートの方が喜ぶくせに」 「刹那の優しい感じが出てるもん。膝小僧も好き」  ショートブーツで丸出しの膝小僧は寒そうに少し白い。  こんなとこ見るなんてやっぱり流星は変態だ。 「クリスマス、楽しみだね」  星空みたいな笑顔で言った流星。  この優しい笑顔、好き。  一緒に先月のことを思い出す。  内定式の前日だから、先々月か。  そう言えば内定式、変な先輩がいたなあ。  誰だっけ。  名前思い出せない……顔、顔も……うーん。 「せーつな」  ほっぺを摘ままれて視線を上げると流星は困ったように笑んだ。 「また飛んでたな」 「ごめんごめん!」  すぐ思いふけっちゃうの、直さなきゃなあとまた飛びかけたところで、流星が私の左小指を撫でた。 「クリスマスさ……刹那の誕生日。そのニット着てきてよ」  ほとんど同じ目の高さの流星に、ちょっと意地悪な返事をしようと思ったけど、やっぱり優しい微笑みだからやめておこう。 「んー……いいよ」 「やった! 約束な!」 「はいはい」  私の手まで一緒にバンザイして喜ぶ流星に半ば呆れながら相づちを打つ。  すると不安げに手を下ろし、眉を下げた。 「クリスマス楽しみにしてるの……俺だけ?」 「うーうん。私も楽しみ」 「だろ? じゃあもっとさ、私もー! って楽しそうにしろよー!」  せっかくの、初めて二人で過ごすクリスマス。  交際4年にしては遅いかな。  楽しまないと損だと彼は言う。 「ふふ。やーだよー!」  手を放して走り出すと、流星が追いかけてきた。  高く叫びながら逃げ回ると、木の根で盛り上がったコンクリートにつまずいて転んだ。 「刹那大丈夫?!」  擦りむいた膝の砂を立ち上がるついでに払うと、流星がドン引きしている。 「うわあ、それはだめ!」 「だって汚いし」 「手で払ったら痛いだろ!」 「えー。平気だもん」  私を重たそうに抱き上げると水道のへりに座らせてくれる。  水で濡らしたハンカチで、私の膝を拭ってくれた。  優しい手にほっぺが熱い。  流星の、つむじが綺麗。 「刹那の悪いとこはさ、人に頼んねえとこだな。俺が寂しいじゃん? 頼ってよ」  黒焦げが頭にちらついて、素直に頷けなくて。 「はいはい」  いつもの調子で返すと、優しく膝に触れたまま流星は軽く怒った。 「聞いてないだろー! 刹那ってそういうやつだよなあ」 「そうそう。そういうやつなんですよ」 「開き直んなよー」 「流星の刈りあげ……いや、ツーブロック? 好きだよ」 「えへ? そお?」  ちょっと褒めたらこうなんだから。  うつむいた流星のつむじが赤くなっている。 「結婚、できたらいいなあ」  気付いたら私の口から出てしまった言葉。  もう戻せないのに、何か隠したくなる。 「そうだな」  でも照れ臭そうに同意してくれて、嬉しくて。  もっと赤くなったつむじを押したら、「縮むだろ!」と怒られた。
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