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Z-7
電話に出ると、あれは何! と、野太い声が聞こえてくる。先を歩く広い背中の様子をうかがいながら、そっとボタンを押した。
「どないした? 仕事の電話か?」
「いや。どうも間違いみたいだ」
そうか、と言うと、また先を行く。フタバは胸をなで下ろした。
先日、大きな葬儀があった。その弔問客である女社長に声をかけられたのだ。「息子の仕事を手伝って欲しい」と。
「商品の試作品をね、特別会員さんに配って欲しいの」
そして、感想を聞いて欲しいという。試作品は全て宅配などは使わず、直にポストに届けるのがポリシーだという。
「心配しないで。このボタンを押したら、こちらでクレームは聞くようにしてあるから」
そう言って携帯電話を一台、差し出した。
そんなアルバイトを続けて一年になる。割がよく、少し蓄えもできた。
このお金があれば、イチロウの実家が救われる。
去年、イチロウの父が倒れた。それをきっかけに店が傾き始めた。一緒にいるとき、母親と電話で口論する姿を何度も見た。
唇を湿らせると、フタバは立ち止まる。意を決して顔を上げると、それに気づいたイチロウが振り返る。目が合うと、かあっと上気するのが分かった。
声をかけようとしたとき、思い出した。
左肩の感触。
叩かれると共にぶつけられた怒りは、一体何だったのだろう。
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