X-4

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X-4

 何度も何度も水を流す。そういうふりをしながら、押さえられない震えをどうにかしようと、両肩を抱え込む。落とす視線の先には流れゆく水。勢いが止まると、再びレバーを動かした。 「なんで!なんで死んでるんだ!」  ずれたメガネが景色をぼかす。ギリ……と口の端を噛むと、揺らぐ心が口からついで出た。 「なんでもう死んでる? 誰が殺した? ボクより先に!」  口の端から唾液が出ていた。右の手がかきむしったと思われる、胸元のわずかな乱れ以外、他に目立った所はない。ということは、おそらくこのクスリを使ったはずだ。心臓発作に見えるこれは、ごく一部の人間しか持っていないはず……!  きちんと折り目のついたズボンのポケットから白い小さな紙包みを取り出す。開くと、中には微量の白い粉が入っていた。 「あの中に、ボク以外に組織の人間がいるのか……?」  その考えがゾクッと背に冷たいものを走らせる。クスリをしまい、両手で頭を抱え込むと、男はズルズルと座り込んだ。 「ママ……、ママ……、ごめんなさい。ごめんなさい。怒らないで……!」  冷たい視線を投げかけると、何も言わずそっぽを向く。後はいつも、母の側近からの私刑が待っている。聞こえてくるのはコツコツというヒールの音。母の仕草が脳裏をかすめ、男はか細く悲鳴を上げた。  また、雷鳴がとどろく。  激しさを増し、雨粒がボタボタとすりガラスを叩きつける。メガネを直し、立ち上がる。引き開けると、人一人が通れるだけの隙間があった。窓ガラスを両方外せば、何とか出られる。  逃げよう。  取りあえずこの場からは立ち去って、状況を見極めよう。ほとぼりが冷めるまで姿を隠そう。なによりあの、ヒールの音を聞きたくなかった。  窓に手をかけたとき、ドアを軽く叩かれた。 「おーい。大丈夫か?」  この声は、確か、髪を脱色していた男の声。答えようか答えまいか、とためらっているところに、またノックが割り込んだ。 「あのさ。携帯、持ってねぇか? 救急車呼ぼうとしたんだけどよ、店の電話線は切られてるし」 「切られてる!?」  思わず、すっとんきょうな声を上げる。 「そうなんだ。で、誰もまともに使えるのを持ってねぇんだ」 「ごめんなさい。い……家に忘れてきちゃって……」  とっさに、そう答えた。 「アンタもか……。分かった。ありがとうよ」  止むまで待つしかねぇのかよ、とぼやく声が耳に届く。  電話線が切られた。これで疑いようがない。――いる。この中に。  すうっと目を細めると、メガネ男はドアのノブを回した。
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